第8話 愛されきのこ

 調子に乗り過ぎた。

 一度思いつくと、周りが見えなくなって突っ走る悪い癖がまた出てしまった。


 全然生まれ変わってないじゃないか。


 眼鏡の前で見せたぶりっ子っぷりは思い出すと顔から火が出るほどに恥ずかしい。

 できるなら、眼鏡の鼻の穴に菜箸を突っ込んで、脳を直接破壊して、ぶりっ子さっちゃんの記憶を全て消去してやりたい。


 あ、また人から嫌われそうな物騒なことを考えてしまった。


 テレビでは、女子アナという羊の皮をかぶった肉食獣が『愛され女子になるためには』というテーマであざといテクニックを語っていた。


 女はいいよなあ、テレビを見ても雑誌を見ても『愛され』のヒントがそこかしこに落ちている。


「おい、何親の仇見るみたいな目で西ちゃん見てんの? 暇なら早く風呂入ってくんない?」


 愛されとは無縁の黒縁眼鏡の声で現実に引き戻される。

 ヨレヨレの灰色のスウェット姿で、ワンカップをちびちび啜りつつ、サキイカをかじっている。

 だらしなく寝転んで、時折鼻をほじったり、尻をかいたり、俺しかいないにしても、酷すぎないか?


「あ、そうそう。来週末、ちょっと俺宿直あったりで忙しいし、帰ってきたら一人でゆっくりしたいから、お前実家に預かってもらうことにしたから。あれだよね、お前は来週末シフトないもんね」


「え、実家って貴様のか?」


「うん。車で20分くらいのとこ。送り迎えくらいしてやるから、準備しとけよ」


 強烈なキャラのパピィの顔が浮かんだ。

 しかし、何故こいつは俺のことを勝手に決める。


「ここ以上に田舎だからさ、のんびりうちの親にでも甘えて気分転換すりゃいいよ。畑の草刈り手伝ったりしてさ。俺の部屋使って良いから」


 善意の押し売りが激しいが、こいつが実家から畑の草刈りを手伝うように要請を受けたが、自分はめんどくさいので俺を生贄に差し出そうという魂胆が垣間見える。


「草刈りやりたくない」


「やれよ、世話になるんだし。たまには親孝行しないと」


 どの口が言う。

 親孝行ってお前の親だろうが。


 よっこいせ、と眼鏡は体を起こした。その拍子に放屁する。


「とにかくさ、原点に戻るのも自分探しの手がかりになるだろうし行ってこいよ。親父やお袋も喜ぶし。飯もうまいぞー」


「飯、うまいのか?」


「農業地帯だからね。うちで作ってる野菜や近所の農家からもらった米とか卵食えるよ」


 口の中に唾液がじんわり広がった。


「きのこの原木もあるから、お前の同族もたくさん生えてるぞ。新入りにも優しい良い奴らだから安心しろ」


 不本意だが、わくわくしてくる。


 眼鏡は俺の頭の両側をがっちり掴み、正面から俺の両眼をじっと直視した。

 眼鏡の奥にある死んだ魚のような目が、今日は妙に爛々としていて、その妖しい光に俺は引き込まれる。


「田舎の風に当たって、汚れた魂を浄化して、素直で清らかで善良なきのこになって帰っておいで。俺も影ながら応援しているから」


「うん、分かった。素直で清らかで善良なきのこになってくる」


「よし、いい子だ。まずは手始めにアイロンかけてこい」


「うん、わかった」


 こうして俺は眼鏡の実家にお泊まりすることになった。

 善良なきのこになれば、きっと愛されにも近づけるはずだ。

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