第2話 吸われる

 祭り当日、もしかして、ルサンチマン王国に帰れるかも知れないとテンション高めなサツマ様に対し、俺はとってもブルーだった。


 久しぶりのお巡りさんフル装備で昼から深夜まで応援警備だ。応援の俺たちはまだ、拘束時間短めなので、文句言えないけど。

 装備重いし、人大杉だし、通行止め守らん奴多いし、酔っぱらい多いし、ヤンキー絡んでくるし、リア充ムカつくし、休憩あってないようなもんだし、制服着てるから常にちゃんとしてないといけないし、装備蒸れて臭いし、もう疲れちゃうね。


 おまけにお役御免になった後、家帰って風呂入ったら、速攻サツマ様連れてまた川岸神社。

 30分でも仮眠したい……。


「春って感じでいいよね」


 ペアの御手洗係長はのほほんとしている。勤務が終わったら、一杯やって寝るだけと笑ってた。うらやましい。


「……祭りなんて大嫌いだっ」


「ん? 何か言った?」


「いえ、何でもないです」


 その後、急性アルコール中毒で倒れた大学生を救急車まで引き継いだり、迷子の世話をしたり、酔い潰れたおっさんを保護したり、喧嘩してた地元ヤンキー中年たちを逮捕したり、めまぐるしく一日は過ぎていった。


 サツマ様と川岸神社の龍王池前に着いたのは丑三つ時、午前2時過ぎだった。


「何とか間に合ったな。俺はここで見ててやるから、覗いてきなさい」


 疲労困憊で動く気がしない。池のほとりにある縁台に腰掛け、俺はおざなりに指示した。


「眼鏡、お前のことはそんなに好きじゃなかった、というか嫌いなところも多々あるけど、世話になったとは思ってる。ありがとう」


 サツマ様は急にかしこまり、一礼した。


 そっか。もしうまくいったら、ここでお別れなのか、と鈍い俺はようやく気づく。

 うまくいく気全然しねえけど、さすがに言ったら空気読めなさすぎるので言わない。


「俺もお前のこと、頭おかしいと思ってたし、結構嫌いだったけど、楽しかったよ。じゃあな、元気でな」


 一瞬、泣き笑いのような表情を浮かべ、もう一人の俺は背を向けて歩き始める。月明かりの下、長い黒髪がなびき、はらはらと桜の花びらが注ぐ。

 無駄に幻想的で美しい別れの場面だった。

 どうせ何も起こりゃしないけど、しばし感慨に浸らせてやろう。


 あー眠い。疲れた。


 と、おおあくびをした時だった。


 真っ黒な水面に桜を浮かばせた何の変哲もなかった池が光った気がした。


 間髪おかずに襲ってきた大地震の前のような地鳴りに、俺はみっともなく縁台からずり落ちた。


「いてっ。何? 地震?」


 顔を上げると、龍王池が眩く輝き、水面が盛り上がって、3メートルくらいの高さにまで達していた。


「ふえ?」


 限界まで迫り上がった池の水は、モーセみたく立ってるサツマ様を飲み込み、瞬く間に消し去り、さらに何故か俺にまで襲い掛かろうとしていた。


 慌てて立ち上がり、回れ右で逃げようとしたが、逃げきれず、強烈な磁力に引き寄せられるように俺も池の方へ引きずられる。


 やだこれなにこれ。


 ダイソンの掃除機に吸われるゴミの気分。


「ちょっと待って。俺違う! 俺ここの人! これもらい事故ネ! ヘルプ! ヘルプミー!」


 絶叫虚しく、俺もサツマ様もろとも池に飲み込まれた。

 ああ、帰って布団入って、昼の11時まで寝たかったと思いながら、俺の意識は暗転した。

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