第5章 異世界帰還?
第1話 川岸神社の怪
宿直明けのふわふわした足取りで、俺は純喫茶月光に寄った。
もうダメ、疲れた。
何で俺が当番の時に限って事案対応多いんだよ。
一晩で何回くだらない夫婦喧嘩で警察呼ぶんだよ。チクショウ。
リア充のくせに。
直明けと言いつつ、もうすぐ昼じゃん。
腹減って死にそう。
疲れている時に天然ヤンデレ異世界人の顔を見るのはしゃくだけど、以前から気になっていたオムレツとクロワッサンのモーニングが無性に食べたくて仕方なかった。
値段設定が高いのがあの店の欠点だが、最近サツマ様がらみの出費が多くて、抑えていた自分へのご褒美を解放しても良かろう。
木製のドアを開けると、ドアベルの涼やかな音色と共に、マダムの暖かい歓待の辞が聞けた。
「いらっしゃい。夜勤明けだってサツマくんから聞きましたよ。お好きなところにどうぞ」
カウンターの隅で、サツマ様が青鬼のような形相を浮かべていたが、視界から排除して奥のテーブル席に座る。
「モーニングセットください。ドリンクは安らかに眠れそうなので」
もったりとした動作でマダムが近づいてきた。
「昨日お仕事大変でしたの?」
「ええ、まあ。久しぶりに完徹です」
「ご苦労様。よく眠れるカモミールティーつけますね」
「あざっす」
食事ができるまで、少しばかり仮眠をとソファに横たわる。ふかふかの革張りのソファの寝心地はなかなかで……。
「寝るな。横になりたいなら家に帰れ」
早くも落ちかけたのに、無粋なロン毛にゆり起こされた。
「うるせえよ。俺は昨日の朝からストレスフルで働き詰めなの。寝かせてくれ」
「だめだ。小汚いおっさんが寝てたら、店の雰囲気が台無しになる」
「小汚いおっさんが働いてる時点で台無しだよ」
「貴様! 誰が小汚いおっさんだ!」
「はいはい、喧嘩しないの。二人とも私からすればかわいい美味しそうな男の子よ」
モーニングセットを運んできたマダムが仲裁に入った。
かわいいはともかく『美味しそう』とは、朝からアダルトな台詞だ。
「いただきま……ん? 桜ですか、これ」
小さなガラスの器に入ったヨーグルトの上に三温糖と共に桜色の花弁が3枚散らしてあった。
「ええ。食用の。週末はさくら祭りもあるし、旬を取り入れてみようと思って」
「さくら祭り?」
サツマ様が首を傾げた。
「川岸神社で毎年桜の季節にやる祭りだよ。屋台も出るから、花見がてらに行く人多いぜ」
そして俺は高確率で警備の割り振りを仰せ仕り、桜の木の下で泥酔した酔っぱらいを保護したり、喧嘩の仲裁をさせられたり、交通整理をさせられたり、まあ全然自分は楽しめないのがここ数年の桜祭りだ。
「川岸神社の桜、とても綺麗よね。特に龍王池のところなんか、幻想的でちょっと怖いジンクスが有るくらいだもの」
「ジンクスなんかあるんですか?」
地元民だがそんなもの聞いたことがなかった。友達が少ないせいとか言うな。
マダムは「知らないの?」と意外そうにこぼしたが、面倒がらずに教えてくれた。
「桜祭りの夜の丑三つ時に龍王池を覗くと、桜の精によって。別の世界に連れて行かれて神隠しに遭ってしまうんですって。よくある都市伝説よね」
「へえ。学生とかが度胸だめししそうですね」
「実際、川岸大学の学生さんがやったって言ってたけど、何も起こらなかったらしいわ。当然だけど」
まあそんなもんだよな。
深夜に度胸試しする馬鹿が、ついでに何かやらかさないといいけど、とお巡りさん目線で考えていると、うちの馬鹿が思い詰めた面持ちで言った。
「眼鏡、俺それやってみる」
マダムの手前、理由には触れなかったが、別の世界=異世界=ルサンチマン王国と連想したに違いない。
そんなジンクス本当な訳ないのに。
でも、どうせ言っても聞かないだろうな。こいつを一人で深夜うろつかせるのは良くない。ヤンキーと喧嘩とかされたら厄介だ。
仕方ない。付き合ってやるか。
「ちょっと覗いたらすぐ帰るぞ。先っぽだけだからな」
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