第4話 静玉地検の女

 静玉地方検察庁川岸支部の前で、我が妹、白波ツルガ検事は仁王立ちしていた。

 スーツ姿もかわいい。


「ちょっと! 迎えに来てって言われたら普通車で来ない? 何で徒歩で来るのよ」


 出会ったなりに罵倒だ。いいね、お兄ちゃんツルガちゃんのそういうとこも好き。かわいい。


「家に車の鍵忘れたんだよ」


「あーあ、徒歩じゃあんま店ないじゃない」


 ハンドバッグをおてんばさんのように振り回しながら、ツルガは歩き始める。


「日◯屋あるじゃん」


「最初からそのつもりか。お兄ちゃん、女の子相手にそういうのモテないよ」


「妹相手だからね。よその女の子にはしない」


 ムカつく、とふくらはぎの辺りを蹴られた。検事に暴行されたー。


 妹のツルガは、俺と同じ親父とお袋から生まれたにも関わらず、幼い時から才色兼備の完璧超人で、現在は静玉地検川岸支部で検察官として働いている。

 気が強いのが玉に瑕で、29歳独身。

 任官後、全国転勤をさせられていたが、今年度から地元の静玉地方検察庁川岸支部勤務となり、今は実家で暮らしている。


 仕事上、たまに関わりもあるけれど、それだけじゃお兄ちゃんは寂しいので、こうしてたまに一緒にご飯を食べたりしている。


「お兄ちゃんとこの署の組対そたいの権藤さんって何? 補充頼んでも、どうして頼まれたか全然理解してなくて、本当イライラすんだけど。あいつのせいで、私今日残業!」


 権藤さんは組織犯罪対策係の警部補で、ヤ◯ザ以上にヤ◯ザなルックスのおっさんで、態度とかも筋モノっぽく、署内でも恐れられている存在なのだが、検事様には屁でもないらしい。

 そう、性格がきついのが玉に瑕なのだ。妹じゃなかったら、こんな女絶対に付き合いたくない。

 だからお兄ちゃんは安心してられるんだけどね。


 文句言いながらも呼べばこうして付き合ってくれるし。

 ツンデレかわいい。


「あ、それお兄ちゃんの勘違いだから。用があるから会うだけ」


「あれ? もしかして心の声漏れてた?」


「漏れてる。ぶつぶつ独り言キモい。そんなことよりさ、お兄ちゃんいくら自分がキモいからって、自分よりキモい人隣に置けば、少しは自分が良く見えるみたいな発想、惨めだからやめなよ。というか、普通にあんなのとよく一緒に暮らせるね」


 話題が急に変わった。

 えっと、俺よりキモい同居人ってサツマ様のことか。


「そこまでお兄ちゃんは落ちていない。何だ、サツマ様のこと知ってたんだ」


「お父さんから聞いた。ていうか、『サツマ様』って何それ。キモっ」


 ツルガは嫌悪感も露に鼻にシワを寄せて吐き捨てた。


「あんまキモいキモい言うなよ。異世界からやってきて色々大変なんだから。かわいそうだろ」


「異世界なんて信じてるんだ。お兄ちゃんはもっと現実主義者だと思ったけど」


「信じきってはいないけど、そう思っておくのが一番合点がいくから」


 ふん、と気に食わなさそうに鼻を鳴らし、ツルガは続けた。


「異世界人だかただのお兄ちゃん似のホームレスだか知らないけど、あいつはマジでやばいよ。いっちゃってる。お兄ちゃんだって分かるでしょ?」


「まあ、服の趣味厨二だし、ロン毛だし、世間知らずだし、言われてみればね」


「そういう些末なとこじゃなくて!」


 些末なところなのだろうか。今あげたところだけでも十分俺はやばいと思ってるけど。

 ポニーテールにした黒髪をなびかせて振り返り、きっ、とツルガは俺に向き直る。

 勝ち気な瞳に見つめられ、ドキッとする。


「私、この前イオ◯であいつ見かけたんだけど、遠くにいても、何かやばいって分かったよ。その……私、東京いた時、永遠の命の会の幹部の一人の調べしたことあるんだけど、同じ雰囲気だった」


 永遠の命の会とは、一昨年に日本中を震撼させた連続殺人事件を起こした新興宗教団体だ。

 幹部が何人も逮捕され、現在も裁判準備中にある。破防法の適用も認められ、幹部の逮捕により、表立った活動がされなくなった今も各公安組織がマークしている。


「殺人教団の幹部とサツマ様の雰囲気が似てる? 確かにあいつ闇が深いところあるけど流石に……」


「似てるの、本当に。大義のためなら何でもできちゃうというか、自分の中の道徳とか正義が無くなって、空っぽな感じというか。平たく言うとサイコパスなのかな」


 肌寒いのか、ツルガは両腕で自分自身の二の腕を摩った。


「お父さんは、お兄ちゃんなら大丈夫だろうって言ってるけど、私は心配。ねえ、お兄ちゃんしばらく実家帰ってこない?」


 どうやら本気で心配してくれているようだ。

 ありがたい。けど、そこまで心配する必要はない。


「大丈夫だよ。あいつ、見た感じはやべえけど、最近は大分こっちの生活にも慣れて、まともになってきてるし。今だって仕事探してるんだ。大体さ、スーパーでちょっと見かけただけで、人となりなんて分からないぞ」


「それはそうだけど……」


「ほら、日◯屋着いたぞ」


 ツルガはまだ話したりなさそうだったが、店内の他の客を意識したのか、それ以上サツマ様については触れなくなった。


 餃子とレバニラとワンタンスープとチャーハンを食べて、兄妹水入らずの食事会は解散となった。

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