第10話 才色兼備の同期
夜、特に収穫もなく署に帰ると、御手洗さんは定時退庁済みだった。
俺たちは自分の定時退庁死守を最重要課題にしており、お互い了解済みなので、怒りは湧かない。
コーヒーでも飲んで一服したくなり、休憩スペースに行くと、先客にパンツスーツ姿が凛々しい美女がいた。
茶色がかった長い髪をきりりと一つに結び、俯き加減で缶コーヒー片手に思案している横顔は美術品のように端正だ。
以前、外国の血は辿れる限り混ざっていないと言っていたが、白磁のような肌も品のある色気が漂う目元に影を落とす長く濃いまつ毛も日本人離れしている。
「お疲れ」
俺の方なんか身もせずに、彼女は、
天下の東大法学部を卒業しながら、何故か縁もゆかりもない地方の県警に勤めている彼女は、お勉強ができるのは当然として、仕事もめちゃくちゃできる。
東大卒なんて頭でっかちで使えないという世間の期待を大いに裏切り、出世コースを邁進中の我が同期首席様だ。
「お疲れ。唐澤警部補は相変わらず忙しそうだな」
現在、生活安全課少年係長を務める彼女の激務ぶりは、隣の島の経済保安係に応援に入っている俺からも一目瞭然だった。
「まあね。白波あんたこそ、ずっと露出狂待ち、きついでしょ。通報されないようにしなさいよ。あんた爆弾魔っぽいから」
頭脳明晰な才色兼備の美女の欠点は横柄で歪んだ性格である。
捜査対象の少年・少女相手には優しく頼れるお姉さんキャラを作っているのに、狙った男の前ではそれができない不器用さは不可解だ。
ふと、サツマ様について、物凄く頭のいい奴の意見が聞きたくなり、俺は周囲に他に人がいないのを確認してから切り出した。
「唐澤はさあ、もし自分と同じ顔の異世界人を名乗る身上不明の奴が、家も職もなくて困ってたらどうする?」
「何それ? アニメの話?」
美人刑事は形の良い眉をひそめた。
「いや、現実。あり得ない話だけど、もし現実にそんな目に遭ったらどうする」
「保護して福祉に引き継ぐ。それしかないんじゃないの?」
「福祉に断られたら?」
唐澤は顎に指を当て、首を傾げる。
「うーん。養う義理はないけど、捨て置くのも忍びないわよね……。おじいちゃんに相談するしかないわね」
「飛び道具来たーっ! そっか、お前には最終兵器おじいちゃんあったか。ずりーぞ」
「何キレてんのよ。キモっ。人のおじいちゃんに勝手に厨二臭い通り名付けないで」
唐澤のおじいちゃんには、実は俺も10年くらい前、一度だけ会ったことがある。
警察学校の休暇中、同期数人とでおじいちゃんが住む横須賀に遊びに行ったのだ。
「若いお友達がいっぱい来た」と子供みたいにキャッキャとはしゃいでいた愛い人だった。
見た目はほんわかした好好爺なのだが、東京帝大法学部卒、敗戦までは元陸軍参謀本部所属の文官だった超絶エリートだったらしい。
老いてもなお、ものすごく頭が切れて物知りで、豊富な人生経験に圧倒させられた。
加えてインターネットもPSPも、当時流行っていたケータイゲームアプリも使いこなす、スーパーじいさんと強烈な印象が残っている。
俺みたいなメジャー嫌いのサブカルクソ野郎より、よっぽど現代の流行に敏感で、スポンジみたいに何でも吸収するのだ。
唐澤女史が尊敬し、頼りにしているのも肯けるスーパージジイだった。
当時でも90歳を過ぎていると聞いていたので、現在は100歳を過ぎているはずだが、ご健在のようで何よりだ。
「でも、さすがのじいさんでも、異世界人の対応までは経験していないんじゃないか」
「そうね、でも、経験がなかろうと最善の道を見つけられるのがおじいちゃんのおじいちゃんたる所以。間にお父さん挟んだせいか、私に遺伝しなかったのが悔しいけど」
そうか? お前も十分超人じみてるけど、と思ったが口に出したらこの女は調子に乗るので、俺は黙って聞いていた。
「で、うちのおじいちゃんはともかく、何で急にこんなこと聞いてきたの?」
当然来ると予想していた質問に、俺は生唾を飲み込んだ。
覚悟を決め、他言無用と念押しをしてから、サツマ様とのこれまでの経緯を美人刑事に包み隠して話した。
言いたくなかったが、あのことについても触れた。
唐澤は全部聞き終わった後、神妙な顔で一つの仮説を俺に提示した。
その仮説は到底認めたくないものだったが、筋は通っている。
戸惑う俺に、「困ったことがあったら言って。私もおじいちゃんに聞いてみる。おじいちゃんならいい解決方法を知っているかも」と言い残し、唐澤は職場に帰って行った。
さすがのスーパーハイスペジジイでも無理じゃないかという台詞は飲み込んだ。
俺もたまには空気を読むのだ。
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