じつはじつわ
ウタノヤロク
第1話 幼馴染
これは俺が幼い頃に体験した話だ。
今、この年になってみて思い出しても不思議な話だと思う。
きっと夢だったのだろう。そう思えればどれだけ気が楽になるだろうか。
でも、“アレ”は確かにあったことなんだ。
未だに思い出す。あの時聞いたあの声を。
そこは俺が生まれて間もない頃に引っ越してきた一軒の古びたアパートだった。
生まれて間もない頃から住んでいるということもあってか、俺にとってはそこが世界の全てでそこであることが当たり前になっていた。
だからこそ、そこで何が起きてもなんら不思議には感じなかった。
例えば……そうだな、落ちるはずのない場所から物が落ちてきたら不思議に思うだろうか?
まぁ、普通の人なら不思議に思うだろう。
だが、俺にはそれが当たり前だった。本来ならば落ちることのない場所から落ちてくる物。普通の人なら見えざる力が働いて……とか思うのだろうが、生憎と俺には『きっと置き方が悪くて何かの拍子に落ちたのだろう』程度の認識しかなかった。
だからこそ、ゼンマイが切れているはずのオルゴールが急に鳴り出したり、一人で家にいる時に玄関のドアノブがガチャガチャと鳴っても、朝起きたら開いているはずのない襖がわずかだが開かれていてもなんら不思議には……いや、思ったこともあった。だが、その全ては祖母によって解決されてきた。
まずオルゴールだが『きっと何かの拍子に残っていたゼンマイが動いたのだろう』ということで解決した。
ただそのオルゴールが動いたときに、心霊番組を見ていたというのはきっとタイミングが悪かったからなのだろう。
次に玄関のドアノブだが『風が強いからねぇ。そのせいだろう』ということで解決した。
ただドアノブは人が力を込めないとピクリとも動かない。ましてや、風程度で動くとは到底思えないのだが、当時の俺にはそれで十分だった。
最後に襖だが『あんたが寝ぼけて開けたんじゃないのかい?』ということで解決した。
自信はないのだが、俺が襖を開けた記憶は一秒足りとてない。ましてや、夜中に押入れの襖を寝ぼけてでも開けるだろうか普通。
だが、当時の俺にとってはそれが一つもう不思議には感じなかった。
……さすがにこの歳になってからは『いやいや、色々とおかしいことがたくさんあったぞ!!』と、今も健在の祖母にツッコミを入れたくなるのだが、それはそれ、これはこれというやつだ。それに、当時よりもかなりしわの数が増えた祖母はそれすらも覚えてはいないだろう。
話がそれた。本題に戻そう。
つまり、俺が言いたいことは当時住んでいたアパートというのは必ず“不可解な現象が度々起きるそんな場所”だった。
今回はその不思議な家で経験した話をお聞かせしたいと思う。
俺には一つ年上の女の子と一つ下の男の子の姉弟という幼なじみがいた。生まれて間もない頃から住んでいる家だった為か、彼らがいつからそこにいて、いつから彼らと友達になったのかそれ自体は知らない。だけど、それは俺にとってさほど重要でもない。なぜなら物心ついた頃には不可思議な現象が度々起きる家と同様に、彼らが俺の友達ということが既に当たり前になっていたからだ。
いつも一緒にいて当たり前。だからそこに行き着くまでの道筋なんてものは考えたことすらなかった。
一つ上の女の子、仮にAちゃんとしておこう。Aちゃんは笑顔がとても可愛らしい子で、女の子の割には活発な子だったと記憶している。けど、雪合戦をしていてお互いに熱くなった挙句、Aちゃんの顔面に雪だまを投げつけてしまい、結果、泣かせてしまったことも未だ記憶に残っている。今でもあれはやりすぎたと後悔している。
一つ年下の男の子、こちらはBちゃんとしておこう。BちゃんはAちゃんに比べると少しばかり体が弱そうな印象があった。けれどもよく姉のAちゃんと三人で遊んだり、たまには二人だけでヒーローごっこをしたりと、やんちゃばかりしていたことが懐かしい。あと、バナナが苦手だって言ってたっけ。今では食べられるようになったのだろうか。ちなみに俺はメロンが苦手だ。
俺が当時住んでいたアパートは二階建てで部屋数は上下合わせて10部屋あった。そして彼らの住んでいた部屋は俺の住んでいた部屋、102号室の真上、202号室にあった。
仲のよい幼なじみの部屋が俺の部屋の真上にあった。まるで作り話のような出来すぎた話だったが、俺にとってはそれが当たり前だった。
兄弟のいない俺にとっては天井から聞こえるどたどたと騒がしいまでの物音が心地よかった。部屋をはさんではいたけど、いつも彼らと一緒にいる感覚。それが心地よかった。
いつも三人仲良く遊んでいた。
たまにケンカしたりしてアパートで顔を合わせても目を逸らしてしまったりもした。けれど気がつけばまた三人一緒になって遊んでいた。
それがずっと当たり前だった。
当時の俺にはそんな仲のよい幼なじみがいた。
そう、当時は……だ。
楽しい日々があっさりと崩れるのに理由なんてものはいらなかった。
ある時、彼らは両親の都合で俺の知らない遠い町に引っ越すことになった。
俺は泣いた。ずっとこの当たり前が続くものだと信じてやまなかったから。
けれど、ずっと続くと思っていた日常なんてものはそれこそが作り話。
子供がいくら泣き叫ぼうが願おうが覆ることのないもの、それが現実というものだ。
別れの日。俺は彼らと約束した。
『もし、大きくなってもまた会えるといいね』と。
些細な約束だと思う。
夢しか見られない子供だからこそ言えた言葉だったのかもしれない。
だけど、彼らも『必ず会おうね』って言い返してくれた。
その時の二人の微笑んだ顔はずっと俺の記憶の大事な部分に残っている。
だからこそなのだろうか。
あの声が聞こえたのは。
彼らが俺の元から離れてしばらくしてあの出来事があった。
今でも人々の記憶に残っているあの大災害。
阪神淡路大震災。
俺はテレビや新聞などその当時得られる手段を駆使して彼らの所在を探ろうとした。けれど、どこにも彼らの名前は載っていなかった。
俺は途方にくれた。
彼らがどうしているのか生きているのか死んでいるのかそれすら掴めなかった。
それからしばらくして起きたんだ。
震災から一ヶ月ほど経った頃だったろうか。
102号室の真上、彼らが住んでいた202号室から物音がしだしたのだ。
初めは新しい人が引っ越してきたんだと思った。けれど、202号室には誰もいない。
家族の誰に聞いても新しい人はまだ住んでいないと言われた。
けれど上から聞こえてくる物音。
どたどたと騒がしい、けれど懐かしさすら感じる物音。
物音はいつも俺が一人でいる時に聞こえていた。
ドンドンドン。
彼らがいつもはしゃぐたびに聞こえてきたあの足音。
それに混じって聞こえた声。
『久しぶり』
彼らの屈託無く笑う声と共に聞こえてきた。
俺は、彼らがちゃんと俺との約束を果たしてくれたんだって思った。
しばらくしてその部屋に新しい住人が住む事になった。
どんな人だったかは覚えていない。新しい住人が住む頃にはあの物音も聞こえなくなった。
正直なところ、今でも彼らが生きているのか死んでいるのか俺にはわからない。
けれど、唯一つだけ言えるのは、
きっと彼らは俺との約束を果たしてくれたということだけだ。
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