第90話(気分を)アゲて落とす




「これは……凄まじいな」






 グランレイは目の前に広がる光景に絶句していた。ナルニィエス家の裏庭に鎮座するは以前キヤ達が発掘した太古の角竜型魔物の化石である。ナルニィエスが土魔法で土台を作り、キヤがそこに化石を宛がい、再びナルニィエスが土魔法を微調整し凹みを作りはめ込む。今回は魔石ははめ込まずに、似たような形のただの石を代替品としてはめ込んでいる。






 貴族として領民を護るために魔物討伐なども行ってきたグランレイは、領地に棲む魔物のことなら多少なりとも知識はある。ただ骨とはいえこれほどまでに大きく恐ろしい魔物を見たことがなかった。男とはいつだって何歳になっても、大きく、恐ろしく、それでいてカッコいいものにどうしようもなく惹かれる習性がある。女性には理解され辛いことだが、それはキヤ達にもグランレイにも共通することだった。






「これが俺とナルニィエスで発掘した化石の一部です。この化石などから大昔の痕跡を読み取り、太古の謎を解き明かす。俺の生まれ故郷では考古学という学問で知られていました。確か古代の魔法文明などを発掘し調査する機関がどこかにあったはずですが、調査の対象が違うだけでそれと似たようなものです」




「なるほど……この迫力、これが数点展示するだけで相当な目玉になるな。だが運営していくための資金はどうするつもりかね?」




「資金はこの化石関連のグッズや土地の採掘の利権などで稼ぐのがよろしいかと。木材の端材をこの骨の形に削り出し、購入者自らで組み合わせて完成させる立体パズル、さらにこの骨が生きていたころの姿の絵を描いてパズル化させたり、小さな化石などを小さな小箱に入れて販売するなどが今のところの案です。試作品はいくつか出来ているので後でお渡ししますね。加工用の設備などはウチからレンタル……貸出といった形を取れば設備投資の資金を浮かせられ、時間も短縮できます。




もう一つは土地の利権に関してはあらかじめ土魔法使いが調査し化石が埋まっている可能性のある場所をピックアップし、そこで化石を採掘する権利を販売すると言ったものを考えはしましたが……俺は土地の管理や利権などは素人でよくわからないので案だけに留めています」






 つらつらと企画の概要を説明するキヤ。意外と売り込み(セールス)の才能があるのかもしれない。ちなみにグッズの発想元はキヤが幼少時通っていた博物館のモロパクリである。立体パズル製作は木工職人の徒弟などの副収入源になるだろうし、絵師を目指すものの食い扶持にも多少は繋がるだろう。




現代のパズルのピースのように複雑なものは難しいだろうが、キヤが作った木材加工機の一つ、糸ノコがあれば不可能ではないだろう。ちゃっかり自社製品を売り込むのも忘れない、意外と強かなキヤだった。






「ふむ、年若く平民だというのに中々頭の切れる男だな。全くもって面白い、どうだね? 我がハインツナイツ家に使えてみないか?」






 心底愉快そうにくぐもった声で笑うグランレイ。そしてキヤを囲い込もうと勧誘してきたが、キヤは答えることが出来ない。






「申し訳ありません、現在は特定の誰かに仕えると言った形はとっておりません。その……非公式ながら、ジーバングルの方々と少々の繋がりがありまして……」




「フハハハハ! それもそうか、あの食えぬ享楽王子がキヤ殿を放っておくなどありえんな! すまなかった、私が君を勧誘したことはナシにしてくれたまえ」




「いえ、小市民である我々を思ってくださって感謝します。ここに居ない部下も喜ぶでしょう」






若干声を落としながらキヤは話を断った。デキる貴族様らしくジーバングルの名前に覚えがあったらしい。ここでグランレイが無理やりにキヤを勧誘すれば国家間で非常に面倒なことになっただろう。






「ところでその首から下げたビンは何かね? なにやら妙に魔力が籠っているような……」




「あぁ、これですか……実はこれについて聞きたいことがあったんです。ほらニケ、ビスケットだぞ」






 キヤがお茶請けとして出されたビスケットを摘まみ上げ半分に割りビンの口に近づけると、ビンの口から水で出来た少女の上半身が生えてきて嬉しそうにビスケットを食べ始めた。ハインツナイツ家全員がヘルムの中で思い切り吹いてくぐもった音が響いた。










ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ






「き、キヤ殿……それは一体……」






 優雅に座っていた豪奢なイスから若干ずり落ちかけながらグランレイはキヤに問う。デキる貴族ですらこの反応だ、キヤがいかにヤバいことをやらかしたのかがわかる






「実は昨日ビーチに行ったときにこの子のイタズラに襲われまして……撃退し、軽い会話の種にこの子に名付けをしてしまったんです」




「キヤさん……魔法生物に、しかも妖精系でしょう、その子? 流石にちょっと軽薄だったのではないかしら?」




「返す言葉もございません……」






 ヒストリア嬢がやれやれと首を振る度にヘルムの飾り羽がゆらゆら揺れた。ニケがなぜかウッキウキでその揺れに目をとられている。ほっとくとネコみたいに飛びつきそうなのでもう半分のビスケットを近づけると、ビスケットに標的を変えてキヤからビスケットをうけとった。両手にビスケットでご満悦である。






 妖精や精霊系の魔法生物は契約に縛られやすい傾向がある。その分契約をたがえた場合のリスクは他の魔法生物とは比較にならないほどの危険が伴うが、場合によっては契約者が一方的に得をする契約を結ぶことも可能だ。そんな悪意ある人間が増えたためか近年めっきり妖精や精霊との契約の話は聞かなくなった。そんな中降って湧いた平民であるキヤと妖精が契約を結んだという大事件。流石の海千山千の貴族ですらキャパシティオーバーと言うものである。




これからキヤはニケとどういった関係を結び、共に過ごしていくのだろうか? とりあえずキヤはニケの食べかすを吸い取るためのハンディ掃除機の開発を優先することにした。


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