第78話そして社長は置いていかれた


 そして出発してから半日ほど、キヤたちはフクィーカツに到着していた。色々と差し引いてもキヤの魔動バイクの性能とスピードは凄まじく、一日かかる道をわずか半日ほどで踏破してしまったのだ。途中すれ違った商人のキャラバンのメンバーが目を剥いてバイクを見ていたが、走るキヤたちは気付かなかった。そして道中出てくるはずの魔物はバイクの異常なスピードと異形の形からキヤたちを恐れて出現しなかったのも大きい。時速何十キロで走る数百キロの重量物の正面に立ちたくないのは魔物も同じだったらしい。




 そしてキヤたちはフクィーカツの街の門をくぐる。手続きを済ませ門兵さんにハナツキ商会経営の宿を聞いたところ、どうやら町の中心に近い所にあるようだ。門兵さんに手を振りつつ一同はゆっくりと道を進む。辺りの視線を一人占めにしながら。そりゃ馬無しで走る馬車なんか注目を集めるに決まっている。






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「門兵さんの言うことにゃ、確かこの辺りにじーさんの商会傘下の高給宿があるとか……これかな?」






 そこには日本の旅館をモチーフにしたであろう真新しい高級宿が佇んでいた。宿の隣には客の馬車を留めて置くスペースが設けられており、ここが自分で馬車を用意できる客層、つまり貴族や大商人に向けて作られた宿であることを物語っている。荷台から下りたサツキが伸びをしながら宿を見やる。交代し運転していたキヤはヘルメットを取りながら荷台のメンバーを呼ぶ






「へぇー、キレイじゃん。絶対設計にハナツキさん関わってるよねコレ」




「それな。そんじゃ皆荷物持って降りて、駐車してくるから」




「「「「はーい」」」」






 駐車場担当の壮年の男性が引きつった笑みでキヤを案内していくのを見たメンバーは宿に入り手続きをする。










 そうしてキヤたちはハナツキじいさんの割引チケットの得点でスイートルームに入れたのだが……






「さっちゃん、これ……」




「うん、間違いない……」




「「TATAMIだーーーーー!!!!」」






 そういうとキヤとサツキは速攻で靴を脱ぎ畳にダイブしてゴロゴロしだした。キヤはともかく珍しいサツキの奇行に他のメンバーは目を点にしている






「うわはははははは!! 畳だ! 畳の匂いだ!! うはははははははは!! ゴロゴロゴローーー……ヴォエ、回りすぎた……うぇっぷ」




「あぁこれこれ、この独特のツルッってした触り心地!! そんでこの草の香り! あーーーホント久しぶりーーー!」






 しばらくキヤとサツキが正気を取り戻すまで時間がかかった。とりあえず他のメンバーは畳に酔って(?)ゴロゴロしている二人を置いて、二人に倣い靴を脱ぎ、荷物を置きだした。




 余談だが、キヤはそのまま満足げな表情で復帰したがサツキはしばらく顔を真っ赤にして部屋の隅っこで拗ねていた。なんだこの副社長かわいいかよ








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「さって、落ち着いたところで皆はこの後どうする?」






 キヤがカレンが淹れてくれたお茶を啜りながら皆に問う。ちなみにお茶は粉末タイプの緑茶で部屋に備え付けてあった。このお茶もハナツキ爺さんの謹製である






「はいはーい、フクィーカツを見て回りたいでーす!」




「なら俺はその付き添いだな」






 ヤグル兄妹の予定は決まったようだ。この二人は予定調和のようなところがあり、何というべきか安定感がある。顔立ちは整っているものの威圧感のあるマーソウがいれば暴漢も手を出してこないだろう。






「そうねぇ、尻合い……ごほんごほん、知り合いにでも会いに行こうかしら。イイ男も漁りたいし(ボソリ)」






 ゴルドワーフは旧友に会いに行くようだ。……王都ではそういう場所は無いのだろう、楽しんできてください。






「カレン、一緒に色々見に行こ。面白そうな雑貨屋っぽいとこ見つけたからさ」




「はい、ぜひ!」




「それじゃ一同解散!」






 サツキとカレンは一緒に雑貨屋やお土産を物色するらしい。名実とも工房最強の二人なので問題はないだろう。彼女たちに寄ってくるであろう羽虫に合掌しておく。嬉しそうにどやどやと部屋を出ていくメンバー。








「…………あれ、俺は?」






この世界には様々な仕事場があれど、社長がここまでぞんざいにされているのはこの歯車鍛冶工房くらいなのではないだろうか。しばらくの間キヤはぽつんと部屋の真ん中で立ち尽くしていた。










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「置いていくことないやん……まぁえぇけど」






 あれから復帰したキヤは一人でフクィーカツを徘徊していた。フクィーカツはその気候からリゾート地としても有名であり、貴族が湖周辺の土地を買い取り別荘を建てそこで水遊びするなんてこともある。ハナツキ爺さんの旅館からは湖までの送迎馬車が出ており、爺さんの抜け目のなさが現れている。




 とはいえキヤは一人で水遊びに行ける勇気もないのでお土産屋や食事処などが多く立ち並ぶ道沿いを歩いていた。この辺りのお土産屋は露天方式が多く、歩き回っているだけでなんだかワクワクしてくる魅力があった。




 ふとキヤはある店の前で立ち止まる。看板を見るとどうやら湖周辺で取れた綺麗な石を売っているようだ。何とも言えない雰囲気に惹かれキヤはモノを物色し始める。






「ようこそお兄さん、なんか入用かい?」






 店員に話しかけられ目を向けると、そこには上級騎士のヘルムを被った店員が座っていた。首から下は普通の服なのに。しかもやたらいい低音ボイスなのでちぐはぐ感がさらにブーストされている。全身鎧ならまだワンチャンあった。キヤは反射的に「あ、アカンやつかなコレ」と懸念を抱く






「いや、キレイな石だなーって。あと化石とかないかなーって」




「化石?」




「大昔の生き物の骨が岩石化したモンを化石って言うんだけど……」




「その話詳しく!!」






 キヤの話を聞いた騎士ヘッド店員は目を光らせてキヤに迫る。てか実際に目の部分が光ってる。どうなってんだコレ。キヤはヒマなのでしばらく彼に付き合うことにした。

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