異世界のマ歯車鍛冶(ギアスミス)

優暮 バッタ

始まりの歯車

第1話 異世界に来て早々詰みかけたけど、どうにかやっていけそうです



 彼は木屋工太、工業高校卒業間近の18歳だ。好きなものは機械いじりやジャンルを問わない創作技術。無駄がそぎ落とされ機能美に満ちた機械からジャンク品を使って創られたアート作品などが彼の大好物だ。


 冷たい金属の塊が緻密な作業を淡々とこなし英知の結晶が量産される、そんな映像なら24時間延々と見てられるし、丼1000杯のゴハンが食えると豪語できるほどの機械馬鹿である



 そんなちょっと変わった彼は今、都会のビル群でなく謎の深い森にぽつんと一人立っていた



 彼は知っていた。異世界召喚。最近の流行りの物語だ。平凡な少年少女が異世界に突然召喚され、チート能力を手に入れるか現代知識を駆使し無双するというのが大体の大筋。


 まさか自分がそうなるとは思いもしなかったが。彼は今深い森の真っただ中にいた。ギャアギャアと謎の生物がなく声が聞こえる。森は鬱蒼とし暗く、今にもヤバいモンスターが出てきそうだ。イナヅマ傷の魔法使いの話なら魂を食らう黒ローブの鬼が出てきそうな感じだ。



「だれがだじげで……」



一人涙目になりながら呟く。泣きそうになり、鼻も詰まってきた。と、向こうのほうにぼんやりと明かりが見えた。明かりを認識してからは早かった




 『暗き森』の中を初老の男が大きなバックパックを背負って歩いている。彼はボルタ・エディットソン。若いころは魔物ハンターとして名を馳せ、年を取り引退してからはこの森のはずれに引っ越してきて魔物からはぎ取れる素材の研究をしている。魔物の素材の研究がてら冒険者をしていたが、命がいくつあっても足りないと冒険者をやめここに住み着いた。


 ランタンをかざし、道を照らしながら彼は進む。なにか有用なモンスターの素材は落ちていないかと。



「ふむ……この辺りにめぼしいものはもうないか。そろそろ別の森へ遠征せねばならんか? ……む?」


「にんげんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「うぉわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」



 もしもあなたが薄暗い森で暗がりから涙と鼻水を垂れ流しながらダバダバダバと4足歩行一歩手前で何かが走り寄ってきたら、間違いなく気絶するだろう。誰だってそうなる。俺もそうなる。ボルタが気絶しなかったのは、彼が元々冒険者で肝がある程度座っていたからこそ声を上げるだけにとどまっていたのだ。


 彼もまさか人間が落ちているのは予想外だったようだ。とりあえずボルタはこの変わった遭難者を自分の家に連れ帰ることにした。服に鼻水が付いたので後で絶対洗濯させよう。





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「で、お前さんなんなんじゃ?」


「もふぁ?」



 連れ帰った遭難者にパンと薄いスープを与えながらボルタは問う。空腹だったのか、ハグハグモシャモシャと口いっぱいにパンを頬張る青年。少々タイミングが悪かったようだ。パンパンになった口をモゴモゴしながら彼は話そうとするが



「おふふぃへふぁははへへへほ?」


「あーすまんの、口の中のパン片付けてから喋ってくれんか」


「おふ。はぐはぐもしゃもしゃもごごご……ズゾゾゾゾゾゾゾ」


「はぁ」



どうやら話ができるのは当分先のようである。しかしコイツ遠慮しないな




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「ぷはぁ……ご馳走様でしたァゲェッフゥ、失礼」


「結局全部食うまで止まらんとはのぅ……」



 結局遭難者は大ぶりのバゲット2つにスープを3杯平らげようやく止まった。苦しそうにズボンのベルトを緩める遭難者。ようやくスタートラインに立った



「それで、お前さんあんなとこで何しとった? この辺りに魔物は少ないとはいえあんな奥地じゃ危険なクマも出るぞ?」


「あー……気が付いたらそこに連れてかれていたというか……」



 なにやら訳ありのようだ。青年は困ったように頭をかきながらどうしたものかと視線を泳がせている。そして彼は意を決したような表情をして口を開く



「俺、多分この世界の住民じゃないんですよね」


「…………は?」




 自己紹介も兼ねた遭難者ことキヤコウタの素性を聞く。確かにキヤは見たこともない服装に物事の捉え方もまるで自分たちと違う。だが特に動揺したりしていないあたりかなり図太いのだろうか。初対面の相手に晩御飯をしこたまねだっていたし



「異世界からの転移者、のぅ。にわかには信じられんが」


「俺自身が一番信じ切れてません。大好きな潤滑油とか鉄削ったときのあの匂いがなくてつらたん。まぢやみなんですけど」



 なにやらよくわからない異世界の言葉を呟きながら俯くキヤ。よくわからんが落ち込んでいるようだ。鉄が好きということは、鍛冶が好きなのか?



「あー鍛冶というよりは金属加工とかものづくりですかね。うーん、どう説明したものか」



 唸りながらもどこか楽し気に話すキヤ。機械は男の子のロマンなのだ。ボルタも話を聞くうちに興味が湧いてきたようだ。キヤは自分の世界について語り始めた



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ




「するとなんだ、お前のとこじゃ馬のいらない馬車がそこいらじゅうを走り回ってるってのか」


「ですねぇ。1家族に1台はザラですし、持っていないとしてもほとんどの人が運転できるんですよ」



 お分かりと思うがキヤが話したのは自動車のことだ。ボルタはそんな発展した世界から来たキヤの話にいつしか夢中になっていった。男はいつだって少年の心を忘れないものなのだ。そういうものなのだ。考えるな、感じるのだ。



「この世界は多分中世くらいの発展度合いなんでしょうかね。憶測ですが」


「ワシもよくわからんが、キヤの住んでたとこよりは大分遅れてる感じはあるな」


「発展のしすぎで浮き彫りになった問題もまたたくさんあるんですがね。どれにしろ世知辛いものです。ちなみに、魔物とかいたりするんです?」


「おうおるぞ? ただこの辺はあまり出んな。ただ死んだモンスターの素材がなぜか割と落ちている。ワシはここが死に際のモンスターが行き着く墓場のようなものではないかと睨んでおる」


「おぉうファンタジックですね」



 ボルタは流れ者だ。住み着いたのは数年前の為あまりこの辺りのことについては知らない。今度はボルタがこの世界のことを語る番だ。ボルタが話している間、キヤはとてもいい目をしながら聞き入っていた。男の子とはそういうものなのだ。そういうものなのだ!!




「ワシは昔は冒険者をやっとったが、寄る年には勝てん。なので冒険者をやめてモンスター素材の研究を始めたんじゃ」


「なるほど。引退してもモンスターを研究するあたり、モンスターが好きなんですか?」


「あぁ好きじゃ。その場所に応じて形を変え、獲物を捕るために本能を研ぎ澄まし、長年の研鑽の果てにたどり着く境地が今の姿じゃと思うとる。ワシはその生きざまやたくましい生命の在り方がどうしようもなく好きなんじゃ」


「わかりみ!」


「お、おう?」



 その日は夜遅くまで二人で語り合った。こんなに楽しいのは久しぶりだ。ボルタはこの奇妙な青年との出会いを神に感謝していた。ふと過去を思い出す。依頼を達成したあの日の夜も、気の合う仲間と酒を飲み交わしながら話し込んでいたものだ




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