ある者

とーらん

「悪む者」

悪む者


テレビのうるさいワイドショー。

そこには趣味の悪い社会の縮図のような光景があった。

飛び降りた人間、地面という巨大な鈍器に殴られ飛び散った肉片。

大まかな人の形をかき集め、一応と言わんばかりにブルーシートをかけ立ち入り禁止のテープを張る警察。

撒き散らされた人体の欠片にさんざんなことを言いながら写真を撮りに溢れる人々。その人ごみを撮る人々。

嗚呼、全く趣味が悪い。

こんな近所で飛び降りなんて本当にやめてほしいもんだ。

そう思いつつテレビを消し、夜ご飯のための食材を漁りに冷蔵庫を物色する。安かったからとイングリッシュマフィンを買っていたから、マスタードとソーセージ……あとまぁレタスくらいでマフィンがいい。レタスはあったか?

そして冷蔵庫を見てはっとする。ソーセージは今朝使い切ってしまったのだ。ついでにレタスもない。

スーパーに行くならと必要なものをメモして行く。安売りになってねぇかな。


ソーセージとレタス、パックのサラダ、牛乳、卵、厚揚げ。

とりあえず必要なものを買ってから帰路に着いた。厚揚げは高めのものが半額になっていたので今日の晩飯に加えることにしよう。生姜醤油で焼こうか、それとも冷凍してたつみれと一緒に汁物に加えるか。何か面白いレシピはないだろうか。

ポチポチとスマホを漁り、焼いて大根おろしにするレシピを見る。美味そうだがうちに今大根はない。

とりあえずうちにある白菜とだしで煮るかなぁ、ぐらいの考えで帰路を進む。

そしてすぐに顔を顰めた。そこは近道であり、しかし例の飛び降りの現場だった。

嗚呼、行きはしっかり避けていたのに。厚揚げのせいで忘れてた。


現場はすでに花とお菓子とジュースでいっぱいだった。ひとりに手向けられたお菓子とジュースはあきらかにひとりでは食いきれない量である。

遠回りするか……

回れ右してさっき来たスーパーの方に歩き出す。

しかし、

「アラ、あなたも献花?」

オバサマに見つかった。最悪だ。

「いや、飯ですけど」

「えぇ?何、スーパーバッグに食材を詰めてスーパーまで行くの?おつかいもきちんとできないのかしら」

「自炊なんで」

「ふーん?おつかいどころか自分のご飯の食材まで分からないの?知ってるかしら、インスタント食品を買って食べてるだけじゃ自炊とは言えないのよ」

「…この中にインスタント食品が見えるなら多分そりゃあなたがインスタント欲しさに幻覚でも見てるんでしょう」

「なんって言い草なのかしら本当に!」

自分のコメントを思い直してから言って欲しい。

「つか、帰り道なんで。じゃ。」

「帰り道はそっちでしょ」

「人ごみがいるんで」

あー、不味った。これ言ったらウザ絡みされる奴だ。

「人ごみって、あなた本当に……どういう言い方してるのよ。」

しまったとは思ったがもう言ってしまったものは取り返しがつかない。

「すみませんね、言い方が悪かったっす」

「あの人たちはちゃんと献花して、お供えもちゃーーーんとしてるのよ!?あなたも献花のひとつぐらいしたらどう!?」

出た。本当に飽き飽きするし、本当に心から不快だ。

「何度も言ってるように、それは無理です」

「無理!!無理ですって!!本当にもう、あなた本当に人間!?」

ちらりとほかのオバサマが見えた途端声が大きくなる。さそりばちめ。

オバサマはなかまをよぶことに成功したようで、知らない近所のオバサマBとオバサマCまで出てきた。逃がしてくれ。

「なに?」「どうしたの大声だして」

「いやぁね、この子○○さんちのドラ息子なんだけどね、献花したらー?って言ったら無理って、無理よ無理?なんて言い草なのかしらと思って」

嫌味を言いつつ言えるその図太さは本当に凄いと思う。

「まぁ!」「どういう教育してるのかしら」「全くよねぇ」

「じゃ。牛乳ぬるくなるんで」

「ちょっと!何よそれ!」

物理的にまわりこまれてしまった。本気でやめてほしい。

「他人の罵詈雑言を受け取らなかったら本人に返ってくると仏陀は説いたらしいですね」

「何?私たちがそんなこと言ってると思ってるわけ!?本当に女の腐ったような性格してるわね!!」

「受け取りませんよ」

「……」「……」「……」

別に帰れたらどうでもいいので押しのけて帰ることにする。

何か聞こえるように「やーねぇ」みたいなことを大声で呟かれるが、受け取らずに帰路を早歩きする。


夜。

ソーセージを焼き、イングリッシュマフィンとサラダをのんびりと頬張る。

この町は本当に嫌だ。1度サンドバッグだと認識した人間に対してはルールも何もあったものでは無い。

明日の朝のために厚揚げと白菜を鍋に放り込み、だしを加えてぐつぐつと火にかける。ついでに水を沸かし、コーヒーメーカーを起動する。

出来上がったコーヒーをちびちびと飲みながら、両親の帰りを待つ。


神は、どうせ何も言ってはくれないだろう。

何年も使わなくなり埃の積もった十字架の前で、彼は神を嘲る。

神に頼らずとも俺は出来た人間になってみせるんだ。


彼はまだ、献花を断るその本心に気づいてはいない。

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