第3話 角煮

 

 平日のど真ん中の休み。

 何故こんな日に祝日を設定したのか気になる。

 月曜日か金曜日にしてくれれば三連休になると言うのに……。

 たかだか高校生が一人ボヤいた所で何も変わらないから気持ちを切り替えよう。


「洗濯も掃除もやったろ?後は……」


 声に出しながらやる事を確認する。

 指差しや声出しには集中力や記憶力を高める効果があるとか。

 忘れっぽい俺はこうして確認する事で怠ける事を減らすのだ!


「晩飯か……」


 お昼はパスタを茹でてレトルトのミートソースをかけただけの簡単な物で済ませたが、休日の晩飯ともなればちょっと豪勢にしたいのが俺流だ。

 普段は手間のかからないパパッと作れる料理を探すのに、休日はその真逆で時間と手間がかかる凝った料理を作りたくなるという矛盾。


「明日は普通に学校あるし、アイツに食わせる用に何か用意するか」


 今頃家で寝転がって趣味を満喫しているであろう後輩を思い出す。

 なんでも今のアイツの楽しみには俺が作った弁当をつまみ食いする事が入っているとか。

 初日には煮物を全部やったが、それ以降は一口だけだったりしたのに、少しずつ食べる量が増えてきた。

 食べるだけなのが申し訳ないのかジュースをくれるようになったが、毎日貰うと逆にこちらの方が貰い過ぎている気がしなくもない。

 いっそのこと弁当を二人分作って一つを渡すか?

 ……あらぬ誤解を招きそうだな。


「うーん……」


 部屋着のジャージからラフな服装に着替えてアパートを出る。鍵閉めヨシ!って確認も忘れない。

 歩いていける範囲にあるスーパーが目的地だ。


 アーケード型の商店街もあるけど、地域密着型のああいう場所は地元の人達との交流やフレンドリーさがあって苦手かな。煽てられると買う予定じゃないものまでその気にさせられて買ってしまいそうだからだ。

 その点、スーパーはどこにでもあるし最近はセルフレジが増えてきたので店員さんと話す機会が減った。実に俺向けなシステムではないか。


「今日のセール商品は……」


 スマホを取り出してアプリを開く。

 田舎だと利用する機会が少なかったが、都会だと頻繁にチラシアプリに情報が入ってくる。

 実家は新聞の定期購読をしていたから折り込みチラシがあったけど、一人暮らしだとお金が勿体ないからこういうサービスは非常に助かる。

 このスーパーは今日は豚肉が安いと出た。


「豚肉か……生姜焼きは昨日食べたし、豚カツって気分では無い。肉野菜炒めは簡単だしな……」


 ぶつぶつと献立を考えながら買い物カゴを手にスーパー内を歩く。

 買う肉が決まらない場合は他の商品を先に選び、それに合わせてメニューを決めよう。


「野菜で安いのは……大根か」


 特売品として大根が一本丸々販売してあった。

 一人で食べるには量が多いのだが、後輩の昼飯にも使うと思えばちょうど良いサイズか。


「豚肉と大根の料理……」


 再びスマホを開き、お気に入りに登録しているレシピアプリを起動する。

 手元にある材料を入力するだけで、作れるオススメメニューを表示してくれる優れ物だ。いつも世話になっている。

 料理本を買うよりも安く済むし、他に同じ料理を作った人のレビューも表示されるから失敗が少ないんだよな。

 画面をスクロールしながら豚肉と大根料理を探しているとあるメニューが目に入った。


「これなら時間もかかるし、食べ応えもあるな。久々に食べたいしコレにしよう!」


 大根一本と豚バラ肉をカゴに入れてレジへ向かう。

 ちなみに俺はマイバッグを持参するタイプです。支払い金額が少しだけ安くなるからね。











 翌日。

 授業が終わり昼休みになると教室は騒がしくなる。購買のパン派の連中は廊下を走って風紀委員から注意されたりしてるな。

 初日から教室に居ないのが幸いしたのか、次の日からは誰も俺を誘わなくてなった。気を使わなくていいので助かる。

 クラスでは大人しくしているし、休み時間も本を読んでいるので変なのに絡まれる心配も無い。

 教師からは学校に慣れたか?と聞かれたが、特に異常も無いので「心配していただかなくても結構です」と答えておいた。

 地味にキツい階段を登って、ギギギと音を立てながら扉を開くといつもの屋上だ。


「先輩、こんちはッス」

「こんにちは。待たせたな」

「お構い無く。私もさっき来た所ッスから」


 定位置になった日陰に並んで座る。

 今日もこの後輩はワンコインのお茶を用意してくれていた。


「それで先輩。本日のメニューはなんスか?」

「よくぞ聞いてくれたな。昨日が休みだったから仕込みに時間をかけたぞ」

「ほほぅ。それは期待出来そうッスね」


 ブンブンと無いはずの尻尾が後輩から見える。幻覚か?

 待てをさせて勿体ぶるのも良いが、俺も腹が減ったので早く食べたい。昨日の晩も食べたけど、一日経って更に味が染み込んでいるであろう料理の事を考えるとヨダレが垂れそうだ。


「こちらをどうぞ」


 後輩が口でドラムロールを歌うので、調子に乗って料理番組風に弁当箱の蓋を開く。

 するとそこには茶色の大根と角切りの豚バラ肉が入っているではありませんか。


「なんスかコレ?」

「豚の角煮だよ。知らないか?」

「名前だけなら聞いた事が。食べるのは初めてっすね」


 どうやら偏食のコイツは角煮をご存知無かったようだ。

 今回はシンプルに豚と大根だけ。煮卵も作ろうとしたが、残念ながら特売の対象外だったから諦めた。


「豚の角煮は時間がかかる料理でな。下茹でも含めると完成までに二時間以上かかるんだよ」

「二時間もッスか⁉︎」


 圧力鍋があれば時短出来るし、茹で時間も短くすればもっと早く出来上がるけど、まだ引っ越してきたばかりで設備が整って無いんだよな。茹で時間は一番美味しい状態になるように長めにしたからな。


「そんだけ時間あったらゲーム二つか三つ分の周回が終わるッスよ」

「スマホゲーの周回ね。苦手なんだよなアレ」


 白米が入った方も蓋を開けて、お茶のペットボトルのキャップも外す。

 後輩はお行儀良く座って待っているので爪楊枝を渡す。


「「いただきます」」


 手を合わせ合掌。

 一人で生活していると忘れがちになるけど、これが外や誰かと一緒だとクセでやるんだよな。給食の名残だ。


「脂ががっつり付いてますね」

「食べてみろ。脂も美味しくいただけるぜ」


 後輩は大きく口を開くと、角煮を一口で食べた。


「どうだ?」

「うんんんんまいッス!!」


 はい、美味しく頂きました!


「お肉はほろほろだし、脂身もいい感じッスね。クドくない!」

「ポイントは茹で時間でな。余分な脂を取り除いて捨ててるんだ。角煮はこの身と脂のバランスが良いんだよ」

「汁が滲み出てくる……最高ッスね」


 恍惚とした顔で肉を食べる後輩。

 俺も箸で掴んで食べる。一日経ったからタレの味がよく染みてる。白米の上に乗せて食べるとなお美味しい。


「プルプルじゃないッスか脂身…」

「それ、コラーゲンの塊だからな。お肌にも良いらしいぞ」

「体に悪そうな見た目なのに肌にいいとか憎いッスね。肉だけに!」

「ははは。傑作だな……白米ウマっ」

「棒読みな笑いをありがとうッス」


 肌にいいのか俺の顔はテカテカだ。

 ……そうだよ。太ってるだけだよ悪いか?

 角煮にしたのはただ肉の塊を食べたいだけであって美容云々は後から知った。この角煮を中華まんの皮に挟んだ角煮まんもまた美味いんだよなぁ。


「お次は大根ッスね。すっかり黒く闇堕ちしちゃって……」

「煮詰めて味が染みて変色しただけだ。別に悪の軍勢ってわけじゃないぞ」


 大根に壮大な設定もストーリーも無い。ただ鍋の中で落とし蓋されて煮詰めただけだ。

 桂むきして隠し包丁入れただけだぞ。隠し包丁……響きがカッコいいな。


「ではいただき、」


 ます。と言おうとしたら大根が爪楊枝から落ちてしまった。

 そのまま下の弁当箱へ帰還した。


「むむむ。柔らか過ぎて爪楊枝じゃ食べられないんスけど?」

「って言われてもな……」


 柔らかいのはキチンと味がする証拠だし、爪楊枝は一本しかないから他に使えそうなのは……


「んっ」


 後輩が袖を引く。

 ポカーンと口を開けていた。


「何してんだ?」

「お箸が一つしか無いならやる事は決まってるじゃないスか」

「おまっ、本気か⁉︎」

「ん。早くしてくださいよ」


 目を閉じて口を突き出してくる。

 俺は箸で大根を掴むと、恐る恐る後輩の口へと運んだ。

 俗に言うアーンである。


「先輩の……お汁が濃ゆくて、いっぱい出るッス…」

「味が染みてるからな!!」


 どうしてこいつの感想はいちいちエロいんだよ!

 色気を放つな、大人しく食え!


「童貞臭い反応。もしかして先輩の初めて奪っちゃいましたか?」

「わざとだろお前!」


 プギャークスクスと笑い転げる後輩。

 腹立つなコイツ……。


「もう大根やらないからな。肉だけ食ってろ」


 涙まで流し始めた後輩をよそに俺は肉と大根とご飯を次々と口の中に流し込んだ。

 うん。美味いな。


「そりゃないッスよ先輩。もっと大根も食べたいッス!タレのついた白米もたーべーたーい!!」

「揺らすな揺らすな!お茶が溢れるから!」


 今日もご飯つぶ一つ残らず完食しました。

 ご馳走様でした。










「まさかあのまま箸を使うなんて。間接キスじゃないスか……」

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