初めての街

 ダニエルは翌日すぐにやってきた。ワンピースも下着もすぐに売れたようでホクホクしている。

「ユキハル様には感謝しかありません」

 馬車に揺られる道中、ダニエルはひっきりなしに俺を褒め続けた。俺は外に出歩けるようにジャージではなくいかにも町人といった服を着ていた。

「護衛とかつけないんですか」

「この森は魔物が出るんですがね、魔物よけの魔法を馬車にかけてあるんですよ」

「そんな便利なものが」

「ユキハル様の家にもかけたほうが良さそうですね。魔術師を紹介しましょうか?」

「いや、逆に魔物がよってくる魔法があるならそちらのほうがうれしいですね」


 そう言うとダニエルは首をかしげた。


 街につくのに3時間。ひどく尻が痛い。


 街に入るには通行証が必要でなければ大銅貨50枚をよこせという。

 俺はジャラジャラとビニール袋から大銅貨を出して門番に渡した。門番は怪訝な顔をしていたが金を受け取るとどうでもいいように俺を通した。

 

 店を回る。

 なんとなく海外旅行をしているような気分になる。

 パンが一つ大銅貨一枚。布でできたぬいぐるみが大銅貨30枚。

 ということは、ぬいぐるみを3000円で考えると

 大銅貨1枚が100円。

 この街に入るのに5000円払ったことになる。テーマパーク並みに高いな。

 硬貨は100枚ごとに一つ上の硬貨になる。

 銅貨100枚=銀貨1枚

 銀貨100枚=金貨1枚だ。


 じゃあ昨日もらった金額は……300万円。あんなワンピースが2着で300万円? 桁が2つ違わないか?


 ◇


「通行証は持っていたほうがいいですよ。銀貨一枚しますけど。冒険者ギルドで作るのが一番安いですね」


 ダニエルがそう言うので、串に刺さった肉を頬張りつつ(久々の肉だ。うまい)冒険者ギルドとやらに向かった。

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」受付嬢は役所仕事のようにそういった。

「通行証を発行してもらいたいのですが」

「ギルド証ですね。料金は銀貨一枚です。はい、確かに。ではこちらに記入をお願いします」

 書くことと言っても名前、年齢、武器は何を使えるか。その程度だ。武器は何にしよう。弓とでも書いておくか。

「はい、結構です。少々お待ち下さい」

 俺は腕を組んでダニエルに尋ねた。

「こんな簡単にギルド証を発行していいんでしょうか」

「ギルドはとりあえず金を落としてくれればそれでいいんですよ。クエストを受けて失敗すれば賠償金を請求できますから、弱者が来ても損はしないですし。それに冒険者が死ぬのは日常茶飯事なので気にもとめていません」

「冷たいですねぇ」

 俺はギルドの建物内を見回した。いかにも柄の悪そうな傷だらけの剣士がいれば、ローブをかぶったデコピンで吹っ飛びそうな少女までいる。

 しばらくすると受付嬢がギルド証を持ってきた。

「はい、どうぞ。紛失した場合は再発行に大銅貨50枚いりますのでご注意を」

 そこでも結構な金を取るのか。

「もし素材を売りたい場合はこの建物の右にある建物へ行ってみてください」

「私が案内しますよ。ちょうど、売りたい素材があるので」

 ダニエルについてギルドを出て、素材買取所へ向かう。

「おう、ダニエルか。今日はなんだ」

 筋骨隆々、2メートルはあるかという男が上半身裸でそういった。

「ブラックウルフです」

「か、またか。最近こればっかり解体している気がするな」


 巨漢は俺が必死こいて運んだブラックウルフを片手で持ち上げると作業台の上に叩きつけるようにしておいた。鉄の板みたいな肉切り包丁を手に取ると振り上げる。

 俺は目をそらした。


 ごとん


 首が落ちる音がした。

「解体が終わるまで時間がかかるので他の店に行きましょうか」

 ダニエルの言葉に全力で肯定した。

 一瞬工具類のかかった壁が目に入った。その下に巨大な箱があった。

 それは、俺の家の外にあるあのインベントリによく似ていた。


 ◇


「魔石は買えるんですか?」

「ええ。魔法道具屋にありますよ。いってみますか?」

「お願いします」


 ダニエルが連れて行った魔法道具屋は路地を入った奥まったところにあった。看板もない、隙間に無理やり家を押し込んだようなひん曲がった店だった。

「ほんとにここが魔法道具屋なんですか?」

「ええ。表で売っている店より信用できますよ」


 扉を開けるとカランカランと音がして、若い男性の店員がこちらを向いた。

「いらっしゃいませ」

 一言そう言うと、何かを磨く作業に戻った。

 外から見るのとは違い、中は結構広い。壁一面が棚になっていて様々な魔法道具が置いてある。ポーションは最下級で大銅貨10枚=1000円。マーラたちが高いというのもうなずける。俺が金属の箱の中に入れたポーションは……あった。

「金貨10枚!!」

 俺は慌てて口をつぐんだ。あのポーション1000万円もするのか。だいぶ大盤振る舞いしてしまったな。

 魔石はガラスのケースの中に並んでいるものと、木の皿の上に適当に山積みになっているものがある。

 ガラスケースの中のものはかなり高価だ。レッドドラゴンの魔石なんてのは白金貨2枚なんて値段がついている。ええと、2億円か。流石に手が出ない。

 最もコスパがいい魔石を探したい。

 と、人間の魔石が売っているのを見つけてしまった。一つ銀貨1枚。命とはかくも安いものなのか。

 とりあえずガラスケースに入っていない山積みの魔石を一つずつ買い、人間の魔石は多めに買った。

 会計のときに店員に尋ねた。

「あの……人間の魔石って……」

「死刑囚のやつですよ。あとは野垂れ死にした人のもありますけど。まあ基本的にあんまり魔力は持ってない人のものなんで安いんです」

「そうですか」


 なんとなく釈然としない気持ちで店を出た。


 路地裏の先には奴隷市があって、男も女もボロを来て立ち並んでいる。奴隷の男の一人と目があった。俺は目をそらして足早に通り過ぎた。

 奴隷。

 俺も奴隷みたいなもんだ。

 なんとなく同類を見ているような気になった。いや、俺を見ている気になった。

 俺は奴隷だ。

 今までは人間の。

 今はカマエルの。

 指示に従って生きていければそれでいい。選択しなくていい。


「あの、大丈夫でしょうか?」

 ダニエルが肩に手をおいて聞いた。

「ああ……大丈夫ですよ」

 俺はボソリとそういって歩を進めた。


  ◇


 家に送ってもらう。

 獣道を通っているとブラックウルフが現れたが、すぐに逃げていった。なるほど、魔物よけは本当らしい。

 しばらく進むと今度は…… 


「おい、お前達、少し話を聞いてもいいか?」

 いきなり呼び止められて、俺は萎縮する。馬に乗った騎士がダニエルの馬車を止めた。

「何でしょう?」

 ダニエルはニコニコと微笑みながら尋ねた。騎士は表情を変えない。

 俺は恐怖した。

 どうして?

 死体は処理したはずだ。

 なのになぜここに騎士がいる。

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