第38話 夜は深く

 俺は彼女が出来るまでベッドに女の人と並んで眠る日が来るとは思っていなかった。


 それこそ、小さな頃にお母さんと一緒に寝た事は除かせてもらうが。


 それが今はどうだろう、俺の隣には年頃の女の人が俺の隣で横になっている。しかも俺の腕を抱き枕のようにしてるのだ。


 腕には何やら柔らかいものが。恐ろしく柔らかい。あと、シャンプーのめっちゃ良い匂い。俺と一緒のシャンプーのはずなのになにこの良い匂い。


 汗か? 汗の成分違うんか?


 いやー、しかし、これはもう辛抱たまりまへんなあ。ぐへへ。……とはならない。


 なにがなにやら、俺の隣には結局翠が横になっていた。


 シングルではなくセミダブルのベッドなので寝れなくもないが恐ろしくきつい。それ故に、しがみつくのだと翠は言っていたが、そんなんしなきゃいけないのなら眠れるまで手を握ってやるのに。


 まあ、それも提案したんだがらそれだと俺が眠れず休めないという点が気に入らないらしく、却下された。


 という訳で一緒に並んで寝ようとしている訳なんだが、逆に寝れんわ! とツッコミを入れたくなる。


 はあ、目を閉じてたらいつかは眠れるだろうか。


 覚醒した意識のまま目だけ閉じていると、俺の脇腹が突かれた。


 翠が少し動いたのだろうかと思ったが、一定のリズムでつんつん突かれているので意図しての事だろう。


「ねえ、お兄。寝た?」


「いや、起きてるぞ」


「そ」


 ……なになになに? どうしたのー!?


 寝たかどうかの確認をしたらしく、翠は俺の返答を聞くや否やたった一言返してまた無言になった。


 まったくもって意味がわからない。


 悶々とした気持ちがあるものの、なんで? と問いかける程でもないだろう。


 俺は目を瞑りなんとか眠れないか羊を頭で数える事にした。


 羊が一匹〜、羊が二匹〜……。






 羊が千三百三十三匹〜、千三白三十四匹〜……。


 かれこれ羊が数十分間飛び跳ねただろうか。


 ようやく、眠さがやってき始めた。


 このまま眠れるといいな〜。と、まったりした気持ちでまどろみに身を預けようとした瞬間、再度俺の脇腹が突かれた。


 また起きてるか確認だろうか。


 俺はもう寝る。起きてませーん。


「起きてる?」


 起きてないでーす。


 返事をせずに狸寝入りを決め込んで、自分の睡眠に集中する。


 あと少しで眠れそうなんだ。


「寝てる……、かな? 寝てるよね」


 なにかを確認するような翠の小声と、俺の顔の前に少し動く気配を感じる。


 俺の目の前に翠は手を翳して確認してるのだろうか。そんな事しなくても起きないぞ。


「……お兄今日はありがとね。ううん、今日だけじゃない。ずっと私の事助けようとしてくれてたんだよね。本当にありがとう」


 翠は、狸寝入りを決め込んでいる俺に対して素直なお礼の言葉を口にした。


 なんだよ、そういうのは起きてる時に頂戴よ。と少しやきもきしたが今起きるとまた兄妹仲が悪くなりそうなので我慢しておく。


 俺が寝ていると思って気が緩んでるんだろうなあ。


「お兄かっこいいなあ。手もすごく大きいし」


 翠は何言ってんだこいつ。と言いたくなるような事を平然と言って、眠っていると思い込んでいるからか俺の掌に自分の掌を重ね始めた。


「ちょっとくらい、いいよね」


 翠はボソリと呟くと、俺の手の指に自身の指を絡ませて、所謂恋人繋ぎを始めた。


「あー、安心するなあ。ふふ、それにしても、本当にシスコンだなあ。お兄以上じゃないと、彼氏として認めないなんてさ。お兄以上なんて現れないよ。……それに、今日でもっとだよ」


 俺がシスコンならお前ブラコンじゃねえか。そうツッコミたくなるような事を翠は油断しきってぽろぽろ呟く。


 まあ、今日の事でだいぶ評価上がったんだろう。嫌われている所からここまで復活したなんて、ありがたい事だ。


「……妹だけど……もいいんだよね。……おやすみ」


 翠はまたぽそりと呟いて俺の頭を軽く撫でると、繋いだ手を解いて静かになった。


 なにやら翠は最後にぽそりと言っていたが、あまりの小声に聞き取れなかった。


 まあ、悪い事は言ってはいないだろう。少しは翠の好感度が上がってるのがわかったし、俺も気持ちよく眠れそうだ。


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