第24話やっぱり翠がわからない

 だがしかし、気合満々な俺の気持ちとは裏腹に、翌日は何事もなく終わっていく。そして、週末が訪れた。


 ずっと身構えてただけに拍子抜けしてしまう金曜日の朝。このなんとも言えないモヤモヤはなんなんだろう。


 まあ、何もない事にこしたことはないのだが。


「ねえお兄」


 ふと、翠が俺に声をかけてきた。まだ生徒達の登校時間ではないので、反応はしても何も問題ないだろう。


 俺は一応前方に注意をして返事を返した。


「ん? どうした?」


「私の事でなにかあった?」


 不意に聞かれた質問に、俺は思わず翠を見てしまった。


 その目はどことなく真剣で、何かを察しているようなそんな目だ。


 もしかしたら日堂さんの事がなにかバレてしまったのかもしれない。心配かけまいとしていたのだが。


「なにがだ? 質問の意味がよくわからないんだが」


 俺ははぐらかすように答えた。バレたら翠を不安がらせてしまう。


 翠はなにかを言いたげに口を開きかけ、すぐに口をつぐむを繰り返す。そして、ため息を一つこぼした。


「……なんでもない」


 翠はポツリと呟いて、そっぽを向いた。


 少し翠の機嫌を損ねてしまったかもしれない。隠し事をされて気持ちが良い訳でもないからな。


「なにかあれば言うよ」


 俺はそっぽを向いて翠の後頭部に向かって、嘘をついた。


 なにかあるのに、伝えてもいない。でも、これが翠の為になると信じて。


「……嘘つき」


「ん? 何か言ったか?」


「なにも。そんな事より登校してきたよ」


 翠が最後に何かを言った気がしたが、うまく聞き取れなかった。


 だがまあ本人がなにも言ってないと言ってるのだから気にする事ないのだろう。


 登校の第一陣も来た事だし、俺は再度尋ねる事なく服装指導を始めた。


「おはよう、我が友よ」


 服装指導を始めて数分、魅墨が登校し、俺の肩を叩いて挨拶をしてきた。


 親友とはスキンシップが大事との事で、ここ最近はいつも魅墨は俺の挨拶と同時にボディタッチをしてくる。


 不意に触られるのと、腐っても魅墨は可愛いという相乗効果で俺の心臓には悪い。


「おはようさん。魅墨の挨拶はいつもびっくりする」


「ははは、もっと私の気配を察知する事だな。心眼で感じ取るんだ。親友の気配をな」


「どこの武道家だ」


 魅墨にクレームをいれても、魅墨はどこ吹く風で逆に俺に無理難題を押し付けてきた。


 魅墨の為に心の目で感じ取れとは、魅墨もなかなか無茶な要求をしやがるぜ。


「まあ、心眼はおいおい獲得してもらうとしてだ。来週からの服装指導はどうなるかとかは聞いてるか? このまま蒼司がするのか?」


「ん? いや、そういえば何も聞いてないな。また黄島先生に聞いておくから、何かあれば連絡するよ」


「ああ、頼むよ。支援部も活動休止してるが、生徒会との合同作業どもあるんだ。こういう時は連絡は大事になってくる」


 親友としての魅墨はなかなかポンコツだが、ひとたび副生徒会長の土方 魅墨となるとキリッとして頼もしい。


 魅墨が指摘してくれた事は、俺が考えてもなかった事だ。


 翠の件もあるし、一旦週末を区切りにする提案を黄島先生にしてもいいかもしれないな。


「魅墨、ありがとうな」


「なあに、当然だ。親友だからな。じゃあ、連絡待ってる」


 魅墨に礼を述べると、魅墨はいつも通り親友だからと言って、颯爽と立ち去っていった。


「お兄、別の人とするの?」


 俺と魅墨の会話を聞いていたのだろう、翠が少し怒ったように尋ねてきた。


 なんで機嫌悪いんだよ。さっきはぐらかしたからか?


「いや、わからんな。こればかりは黄島先生と相談しないとな」


「ふーん」


 当たり障りのなさそうな返答をすると、翠はふーんと一言言ってまた服装指導に戻った。


 少し仲良くなれた気がしていたが、未だに翠がわからない。


 なにが嬉しいのか、なにが気に食わないのか、なにが悲しいのか。


 喜怒哀楽の激しい妹に最近は振り回されて振り回されて。


 翠の事をたくさん考えてはいるつもりなんだけどなあ。


 俺は翠を見つめて、何を考えてるのかわからない妹の頭の中をのぞいてみたいなあと強く願った。見える訳がないのに。


「ん? お兄何見てるの?」


 俺の視線に気がついた翠が、不愉快そうに顔をしかめた。


 そんなに不快な顔をしなくていいじゃないか。ちょっとショックだぞ。お前の事を考えてるのに。


 まあ、どうせ好感度は低いんだ、なんなら俺が思ってる事を言ってみてもいいかもしれん。


「翠の考えてる事が知りたいなあと思ってな。そうすれば翠を怒らせる事もなくなるし、翠にとって良い兄でいれると思うから」


 俺は良い兄になりたいと強調して、思ってる事を伝えてみた。翠が機嫌が悪いのは嫌だからな。


 俺が思ってる事を伝えると、翠はだんだんと顔を赤くしていった。チークなんていらないくらいの真っ赤な頬。


 どうしたんだ急に。


「だ、ダメダメダメ! 絶対ダメ!」


 キモいでも、シスコンでもない全力の拒否を翠からされてしまい、若干心に深い傷を負う。


 まさか、ここまで拒否されてしまうとは。


 多少は仲良くなれたかなと思っていたけど思い違いだったのかもしれない。


 手でバツを作ってダメだという翠に、俺はそっと肩を落とした。


「……だって、見られたらバレちゃう」


 何か、翠がボソッと言った気がするが、聞き返す元気のない俺は肩を落としたまま服装指導へと戻っていった。

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