第22話昔の春野

 解散を告げた帰り道の事だ。


 春野、翠とともに帰っている。春野と翠が話しながら前方を歩き、その二、三歩後ろを俺は歩いていたわ。


 流石に今日は三人だから大丈夫だろうけど、油断は禁物。


 俺はあたりの身を隠せそうなところ、例えば電柱やポストの陰に着目しながらキョロキョロと歩いていた。


「皆野さん、どうしたんすか? そんなキョロキョロして」


「ん? ああ、ちょっとな。気にするな。翠と話してたらいいぞ」


 俺の様子がおかしい事に気づいたのか、春野が翠と話すのを中断して俺に訪ねてきた。


 俺は適当にごまかして、春野に気にする事ないと告げる。


 春野は誤魔化されたのが気に食わなかったのか、頬を膨らませた。


「む、最近皆野さん冷たいっす。もっと私も頼って欲しいっす。私は皆野さんにまだまだ何も返せてないんすから」


「いや、一緒に支援部頑張ってくれてるだけで充分だから」


「私が充分じゃないっす!」


 ああ、春野が完全に不貞腐れた。


 春野は何かにつけて、俺が昔春野を助けてあげた事について恩返しをしようとするのだが、もういいと言っても満足してもらえない。


 俺としては一緒に支援部頑張ってくれた時点で満足している。


 ましてや、今も言ってないだけで頼ってるようなもんだから、恩返ししてもらってると言えばしてもらってるようなものだ。


「信用……出来ないっすか? 私があんなだったから」


 春野は不安そうに俺を覗き込んだ。


 何を心配してるかわからんが、俺は春野を信用してない訳ではない。


 むしろ、信用しているくらいだ。


 だがまあ、秘密にしすぎて春野が不安を感じてるのも事実だろう。


 翠にバレると厄介だから今は理由を言えないけど、こいつには言ってもいいかもしれない。帰ってからラインでも送るか。


 でも、その前に不安をかき消してやらないと。俺は春野の頭に手をやると、くしゃくしゃに撫でた。


「お前の事は信用はしている。お前の過去は過去の事じゃないか。気にするな」


「……ありがとうっす」


 俺が撫でると、春野は消え入りそうな声でそっぽを向いてお礼を述べた。


 少し照れたのだろう、可愛い奴め。


 そんな俺と春野のじゃれあいを、不機嫌そうに翠が見つめた。


「お兄、ほんと桃と仲良しだよね! はー、デレデレしちゃって!」


「ち、違うっす。私が一方的に皆野さんを慕ってるっす! 皆野さんがデレデレしてるんじゃなくて、私がデレデレしちゃってるっす!」


 翠の俺に対する口撃を、春野が庇う。いや、庇うというよりも春野が俺を慕うという自己申告と言うべきか。


 顔を真っ赤にして自己申告した春野を、翠はキョトンとした顔で見つめていた。


「はっ! そ、その、なんというか、皆野さんにはお世話になってるっす。私がその、中学の頃ちょびっと荒れてて、怪我してた私を助けてくれたっす。それ以来慕ってるっす! やましい事は何もないっす! 尊敬のデレデレっす!」


 春野は我に返ってあたふたと手を振りながら、翠に対して謎の弁明をする。


 だがしかし、俺は見抜いていた。春野の奴、我が身可愛さにちょっと嘘ついてる事を。


 春野の中学時代はそれはもう悪い奴だった。翠は春野と中学が違った事もあり知らないだろうが、高校生相手にも喧嘩をし、無敗伝説を築いた不良だった。


 だがしかし、大勢に喧嘩を売られ、襲われて怪我していた所を助けてからそれはもう慕われてしまった。


 ド派手だった金髪は色を抑えて、ケバかったメイクはナチュラルなものに変わった。


 この話し方だってそうだ。敬語を使えなかった春野に、せめてなになにっす。って言うようにしろと言った結果である。


 そして、春野は俺を追いかけてうちに入学し、俺を慕って支援部に入った経緯があるのだ。


 なまじ、悪かった時代、更生した時代、更生してめっちゃ良い奴になった時代と春野の変化を知っているだけに信用出来ないわけがない。


「え、桃が荒れてた? 嘘でしょ?」


「嘘じゃないぞ。メイクとか、髪の色とか当時の特徴がなくなって面影はゼロだがな。第二中の金髪の鬼って聞いた事ないか?」


「いや、流石に知ってるよ。有名な不良だったし、うちの第一中にまで悪名轟いてたから」


「あれ、春野だぞ」


 未だ信じてない様子の翠にもわかるように当時の特徴と異名を踏まえて説明する。


 流石に異名は知ってたようで、それを春野だと告げると、翠は口を開けてフリーズした。


 情報処理が追いついてないようだ。


「ダメだ、翠が驚きすぎてフリーズした。まあ、無理もないか。金髪の鬼も今じゃ素直な後輩だからな」


「うう、その呼び方恥ずかしすぎるっす……。忘れて欲しいっす……」


 春野に昔の異名で呼んでみると、春野は耳を塞いでその場にしゃがんだ。


 鬼の目にも涙か。ことわざとしての意味は違うけど、泣きそうになってる春野にぴったりだな。


「信じられない……」


 あ、翠戻ってきたか。


 絞り出すようにポツリと呟いた翠は、未だ先程告げた事が信じきれないようで、ブツブツと呟いていた。


「信じられないのなら昔の春野見せてやろうか? 確か写真撮ってるぞ」


「なっ!? み、皆野さん!? 何考えてるっすか? ダメっすよ?」


 俺はスマホの写真フォルダを開いて春野の昔の写真を探す。


 春野は慌てたように俺からスマホを取り上げようとするが、俺は取られまいとひょいひょい避けて、お目当ての写真を見つけた。


「ほい、あった。これ」


「見ちゃダメっす!」


 翠にスマホの画面を見せ、春野がそれを拒もうと必死にスマホをひったくろうとしてくる。


 だが、少し遅かったな春野。もう、翠は見てしまったようだ。


 金髪で、今よりも遥かな厚化粧で、スタジャンを着て、カメラに向かって舌を出しながら中指を立てている昔の春野を見て、翠は再度フリーズした。


 再起動までしばらくかかりそうだ。


 俺の胸元をポカポカ叩く春野にすまないと適当な返事をして、俺はスマホをしまった。

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