暁の国は眠らない

ゆま

第1話

月明かりの中、鬱蒼と繁った森の中を十数名の男女が歩いている。


「気味の悪い森だな・・・」


槍を担いだ初老の大柄な男が呟いた。鋭い眼光と頬にある切り傷が百戦錬磨の戦を物語っていた。白髪混じりの顎髭を撫でながら周囲を見渡している。


「アビスさんは図体に似合わず、怖がりだよね~。にしても人が出入りした形跡もないな~」


「俺は戦いは好きだが、心霊とかは苦手なんだよ」


アビスと呼ばれた大男は面白くなさそうに呟く。


「リノは鈍感だからわからんだろうがどんどん霧が濃くなってるしな」


「びびりすぎだよ~はぁ・・・森の調査って言ってもこんな大人数で押し寄せなくてもよかったよね?」


「リト隊長に聞こえるぞ」と、アビスが眉間に皺を寄せる。


「森近辺でフォレスト・ウルフの目撃情報が絶たないんだ。万が一被害が出てからでは遅い」


「ん〜本当に狼なんているのかな。ママが話してくれたおとぎ話でしか聞いた事ないや。何千年も生きている狼なんているのかな~」


「リノ、それを調査するために俺達が現地にきたんだろ?」


「へいへい」と呟き、リノと呼ばれた小柄な少女が、背中の双剣を愛おしそうに触りながら不敵な笑みを浮かべる。青い瞳と短く切りそろえられた乳白色の髪が印象的な女剣士。リノの豹を思わせる視線を、隣の白いローブを被った女に投げる。


「ロゼっちどしたの?」


「え?あ・・・」


名前を呼ばれ、我に返ったように挙動不審になるロゼ。紅の瞳を瞬きさせる。黒く長い髪を触り、頬を人差し指でかいている。細身の長身が月光を背に長い影を伸ばしている。歳は二十半ばだろうか。ロゼは重々しく口を開いた。


「森に入った時からずっと視線を感じてるの」


「おいおい、ロゼっちまでそんな事言うのかよ」


リノは肩を落とし溜め息吐いた。


「隊長を見ならいなよ。黙々と進んでるじゃん」


ロゼは口からでまかせで言った訳ではなかった。まとわりつくような奇妙な視線が拭えず、余計な力が入り、心拍数だけが上がっている。


「リト隊長、そろそろ野営の準備ですか?」と、アビスが前方のリトに話しかけた。オールバックの髪を人なでしてリトは足を止めた。歳は三十半ば。黒い髪に黒い瞳、黒いマントが闇夜に溶け込んでいる。アビスはこの人黒が好きだよなと心の底で思った。


「そうだな、準備しよう。荷物係の部下にも言ってくれ」


皆の緊張が和らいだ時、後方から眩い光が差し込む。


「隊長!銀色の狼がいます」


隊員の誰かが叫んだ。リトは急いで後ろに引き返し、森の茂みから光の差し込む方向を覗いた。白銀の月夜の中をゆっくりフォレストウルフが水飲み場に移動している。


「フォレスト・ウルフ・・・本当に生きていたのか」


リノは目の前の光景に固唾を飲んだ。


「風下に回るぞ」


リトは呟き皆に合図する。その瞬間、フォレスト・ウルフが振り向いた。


(まずい)


フォレスト・ウルフはその巨体に似つかぬ速度でこちらに向かってくる。リト、アビス、リノ、ロゼは攻撃に備え体制を整えた。


その時、リトが振り返ると、背後から近づく何者かがロゼの首に刃物を押し当てていた。一瞬の出来事にリトは前方から近づくフォレスト・ウルフを忘却する。


「隊長!」


誰かが叫ぶ、辺りに鮮血の雨が降り注いだ。

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