第46話
案内された屋敷は、想像していたよりもこじんまりとした印象だった。いや、屋敷というくらいだから当然デカイのではあるが、領主の住む場所と言われると少し違和感がある。立地場所は間違いなく良い。土地は広く、隣接している住居もない、少し小高い丘の上だ。
意外と倹約家なのかな?なんて思っても見たが、どうやらここは領主が普段住まう場所では無いらしい。家族の為に用意された別宅だ。
「では、後ろを向いて下さい」
そういった情報をくれたのはこの屋敷に勤めるメイドの女性だ。メイドと聞くと可愛らしい女性を思い浮かべるだろうが、年季の入った厳しそうな顔だちをした方だった。長年シーランド家に仕えているそうで、今はこの屋敷を切り盛りするメイド長だと名乗っていた。
今は俺の服を仕立てている。事前に大まかなサイズを確認しており、
正直、かなり助かる。メイド長がいなければ、いまだに俺は緊張で混乱していただろう。そうなるであろう事も予見していたのだろうか。お茶まで出してゆっくりと説明や採寸を行う彼女は、とても仕事が出来る人間といったイメージしか湧かない。
平民の癖に、だとか厳しい事を言う高圧的な態度とか無くて本当に助かる。テンプレ的な貴族の従者と言うようなタイプだったら、多分俺は逃げ出していた所だ。
程なくして準備が整うと、自分でも驚くくらいの美男子が鏡に映っていた。
いやホント、自分で言うのも何だけどさ。鏡なんてこの世界に来てから殆ど見る事が無かったんだよ。ていうか師匠の所以外で見たことなかったから忘れてたんだよ。
普段は水面に映った自分すら見る事が無い。身体を洗う習慣は魔法にとって変わってしまったし、温泉にも鏡はついてなかった。風呂の中じゃ半分近くは目を瞑っていたしな。
ともかくだ。髪まできっちりと整えられ、ボサボサになった部分さえ綺麗に切り揃えられて仕舞えば、用意された服にも負けない立派な姿があったもんだから、かなり安心する事が出来た。これなら少なくとも、みすぼらしい平民等と思われることは無いだろう。
「良くお似合いですよ、オルト様。さぁ、皆様の所へ参りましょう」
もう少しだけ呼吸を整える時間が欲しかったが、そんな事を言い出したらいつまで経ってもキリが無い。覚悟を決めて、ロザリアとその家族が待つ広間へと向かう。
「失礼致します、お客様が参られました」
メイド長が軽くコンコンと軽くノックをしたその扉は、かなり大きい。他の部屋の物とは作りが違うため、そこが客人をもてなす場所だと言うのは容易に想像がついた。いよいよ、いよいよだ。軽く深呼吸をすると、中からお入りなさいと女性の声が掛かる。
——カチャ、キィィ。
扉が開く。中には全部で5人。両親と思しき二人と、それに付きそう執事。背は低いが、姉と思われる女性もその横のソファに座っている。そして、ロザリア。彼女は座らず、ソファの隣に立っていた。
完全に目を奪われてしまう。今まで見てきた彼女のどれとも違う。装備でも無く、休日に着ていた普段着でもない、ドレス姿。デザインはシンプルで控えめの物だが、彼女の魅力を余すことなく表現していると断言していい。これを選んだ人間は確かな審美眼を持っているのだろう。
おっと、一瞬動きが停止してしまった。慌てて事前に教えられていた挨拶をする。これだけは簡単に覚えられるからとメイド長が指南してくれたものだ。
「お、お招きいただき感謝致します。私はオルトと申します」
ああ、完全に台詞が抜けてしまった。教わった時にはもうちょっと長かった気がするが、言ってしまったものは仕方ない。なにより、右手を左胸に当てるというポーズのせいで自分の鼓動を再確認してしまった。余計に緊張が高まる悪循環だ。
そんな無作法な俺に対して、招いてくれた方々はとくに怒ることも無かった。というか完全に優しい表情を浮かべてくれてる物だから、かなり安心した。
「まぁまぁまぁまぁ!オルトさん。私はキャロル、ここのゴルテオの夫人をやってますの。よろしくお願いしますね」
「お母様⋯⋯いきなり砕けすぎじゃないかしら、もうちょっと貴族の礼儀と言う物を⋯⋯って何してるの!?」
席を立ったキャロルと名乗った女性は、俺に近づくなり抱きついてくる。身長はそれなりに高く、170以上はあるだろうか。そんな女性が抱きつく物だから、俺の視線は彼女の胸に釘付けになってしまう。ロザリアには無い、豊満なその胸に。
「折角可愛い息子が出来たのだもの、ちゃんと確認しなきゃねぇ」
「だから、また!なんでそうポンポンと階段を踏み飛ばした会話をするのよ!!」
急展開で硬直している俺を尻目にどんどん話が進んでいく。ツッコミ役に徹しているロザリアを見る限り、彼女と家族との確執は既に存在しておらず、打ち解けたのだなと感じる。なんだかダシにされている気がしないでもないが、今こういう状況になっていますよと、簡潔に説明してくれたような気さえしてしまう。
キャロルさんが離れると、俺の方もようやく落ち着きを取り戻す。一息ついて改めてまわりを見渡すと、お姉さんの方はニコニコを通り越して若干ニヤニヤ。お父さんの方はなんか顔が固まっている。これ、前にも見たな。かつてティナと
「さあ皆様、立ち話も何でしょうから、お茶をお持ち致しましょう」
メイド長がそう言って場を仕切る。どうやらここは、俺が想像していた貴族像とは大幅に違う様だ。庶民的、というのは失礼に当たるのかも知れないが、あえてそう表現するのが一番正しいような気がする。とても良い家族なのだろう。
——お茶が運ばれると、改めて自己紹介から始まった。ロザリアの姉は2番目で、他の兄弟はこの屋敷から離れているとの事だった。
シーランドの領主であり長兄のラッシュは、現在激務の為こちらへ来ることが出来ず、苛立っているなんて話も聞いた。聞けば一番ロザリアを心配していたのが彼で、手配を出したのは独断だったそうだ。
「勿論我々も心配していたから、手配に関して反対はしなかった。けど、ロゼの意志を尊重したいという気持ちもあったんだ」
本音を言うと、どう接していいか分からなかった。なんて付け足す物だから、なんだか複雑な心境になってしまった。自身のプライドよりも本音で話すことを優先した。少なくともゴルテオさんは、腹を割って会話をするつもりという事らしい。
だが、俺から彼等に話せることはそれほど多くない。時には嘘を交えて会話を続ける必要があり、心苦しさが募っていく。何故、この世界はこんなにも過酷なのに、こんなにも優しさに溢れているのだろう。いっそのこと全てが敵であったなら、嘘をつくことに何のためらいも持たなかった筈なのに。
そんな俺の心境が彼等に伝わる訳が無い。質問の雨あられが浴びせられる。それもそうだ、彼等にとって俺は異物なのだから。ロザリアを託すに値するかどうかを見定めるには、人となりを知る必要があるのだ。
「それでね、ロゼッタったら⋯⋯」
「もう、姉さんまで!オルトにあんまり変なことを吹き込まないで!」
「あら?聞かれて恥ずかしい理由でもあるのかしら?」
俺が話せることを全て話すと、今度はロザリアの昔話に花が咲く。幼少期の彼女については俺も興味がある。彼女の主観と彼等家族の主観には
「⋯⋯所でオルト君。ここで聞いておかなければ行けない事がある」
会話もひと段落した所で、神妙な顔つきをしたゴルテオさんが改まる。なんだかちょっと嫌な予感がするが、大丈夫だろうか?
「これから先、君はまだ冒険を続けるつもりなのかね?」
「はい。お世話になった方々に恩を返さねばなりません。そのためには自らを鍛える必要があると思っています」
「そうか、それは貴族となることで返せる類の物では無いのかね?」
えっと、雲行きがかなり怪しくなってきた。貴族となるって?それはつまり俺に身分を与えるという事か?となるとその方法は——
先ほど、母のキャロルさんが言った言葉を思い出す。息子が出来た、と。そのつもりで迎える覚悟があるという事なのか。つまりそれは——
「はい。自分は冒険者としてやらねばならない事があると考えています」
その先は考えてはいけない。彼女の気持ちもまだ確かめていないのだ。そんな状況で家族の方々に公言してしまうなんて事は出来ない。ていうかそんな度胸が無いただのヘタレだ。
「そうか。ならロゼとはどうする?ここでパーティを解散するかね?」
「いえ、それは困ります。彼女は俺の相棒ですから、欠かせません」
ヘタレなりの精一杯の答え。ていうかコレもう公言したようなもんじゃねぇか。言った後で気付いてしまうが当然後の祭りだ。
みるみる紅くなっていくロザリアが目に入ると、つられてこちらも紅くなっていくのが分かる。ヤバイ、一気に体温が跳ね上がる。ぴったりと止められた襟元のボタンを外すと、思考を止めて一息つく。今は照れてる場合じゃない。
「よろしい、ならば君を認めようオルト」
えっ⋯⋯?
「今日は客室に滞在し、明日に備えるといい」
えっと?
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