第44話

「ロゼッタ様、お屋敷に到着致しました」


 その声で『未来予知』から引き戻される。自分の家に辿り着いたのは、シーランドに入ってから2日目の事だった。


 自身の魔力は手枷で漏出しているとはいえ、使う分だけを精霊から渡して貰えば問題無く使える。これもオルトの発案。


 今まではただの魔力タンク役だった私が、精霊たちから魔力を貰い魔法を行使する。この程度の事にも気付かなかったのだから、私はただただ自分の祝福ギフトに頼りきりだったのだなと深く反省した。


 しかしそれが転生者の陥る罠なのだとオルトは言う。実際に私以外の転生者も、見える物や与えられた物に縛られてくれるのだから、敵対する分にはありがたいのだと。そして、こういった物は徹底的に秘匿しなければならないとも。


 万が一、他に情報が漏れればこちらのアドバンテージは無くなる。それを私に教えてくれると言うのだから、期待に応えなくちゃいけない。私はオルトを救うのだ。


 本来、自分の家に帰るのは4日目の筈だった。それを全力で短縮し、時間が許す限りは予知を続けている。ほんの僅かな時間でも、無駄にすることは出来ない。


 本音を言えば、1週間何もせず待つなんて事も考えた。何せ私をさらいに来てくれるとオルトは誓ったのだ。それはまるで、昔夢見た王子様とお姫様の様では無いか。


「ロゼッタ!!」


 そう叫びながら屋敷から出てきたのは2番目の姉、ビルマだ。昔から私を猫かわいがりし、何処に行くにしても心配して着いてくるような、そんな姉。私の姿を見つけるとそのまま抱きつき、涙を流している。旅立つ直前には疎遠になってしまっていたが、今なら大丈夫だ。私は面と向かって彼女に感謝する事が出来るだろう。


「姉さん、黙って出て行ってしまって本当にゴメンね」


 いつの間にか彼女と私の身長は逆転していた。2年前には私の方が小さかったのだから、随分と時の流れを感じてしまう。昔を懐かしむように、暫くはその場で抱擁を続けた。


「帰ったかロゼッタ」


 痺れを切らしたのか、父も玄関まで出迎えに来る始末だ。泣きじゃくる姉をなだめると、屋敷へと入ることにした。


 屋敷にいたのは父と母、そして2番目の姉だけだった。他は仕事だったり、嫁いでいったりとで屋敷に居ることは無い。


 最も面倒な一番上の兄が居ない事が幸いだ。というか彼に会わない為に検査を短縮した様な物だ。あまりにも激情的すぎる兄では、オルトの元に殴りこみに行ってしまう可能性もある。というか予知したうちの1回では実際に殴りこみに行っていたのだ。正直面倒過ぎるし、事態が複雑になり過ぎてしまう。


 私の説明を聞いた家族の反応は様々だった。矢継ぎ早にこちらへ質問を投げかける物だから、対応に困る。とはいえ既に『未来予知』でこの状況は見ている。出来るだけ分かりやすく簡潔に今までの事を伝える。


「つまりは、駆け落ちみたいなもの?」


「全然違うわよ母様!相変わらずちょっとズレてるんだからもう⋯⋯」


 現実は難しい。予知と同じ行動を取っても、必ず同じになるとは限らない。イレギュラーは常に存在し、先ほどまで見ていた未来と違う結果を示すこともある。特に母のようなタイプでは予知が外れやすい。気まぐれとカンで発言するような一貫しないタイプは、ぶっちゃけ敵と言っても過言では無い。


「でも、お話を聞いている限りは何とも思ってない訳じゃないんでしょう?」


「何とも思ってません!あくまで旅の同行者よ!!」


 これはマズい。今までのパターンに無かった流れだ。出来るだけ予知に沿った流れに戻さなければ、今後の展開にも大きく響く。出来るだけ理想的な未来の為に今までやってきたというのに、全てがご破算になってしまうかもしれない。


「ともかく!そう言う訳だから彼を解放してあげて欲しい。お父様ならそれぐらいは容易いでしょう?」


 実際に洗脳や隷属の痕跡は存在しなかったのだから、オルトが無実なのは明らかだ。しかし、それを決めるのは父という権力者でもある。父が望めば、例え無実の罪であろうとも彼を投獄し続ける事が可能。それがこの世界、この領地のルールだ。


「あらあら、昔から変わらず嘘をつくのはへたっぴさんねぇ」


 それ以上はいけない。私は嘘をついているわけでは無い。認めるわけにはいかないだけなのだ。彼に依存したり、寄り添ったりする事は許されない。私にはその資格が無い。ズルくて、弱虫で、彼を殺し続けた私は、そんなことを望んではいけない。


「ロゼッタよ。可愛い娘よ。ならばもう、冒険に未練は無いと言う事でいいのか?」


「⋯⋯それが交換条件という事であれば、その通りですお父様」


 これが望んだ未来。完璧には至らなかったけど、なんとか手繰り寄せた未来。私はこの後他の貴族と結婚して、そして崩壊の日を迎える。それが私に出来る唯一の道。オルトの為に出来る、最善の道だ。


「⋯⋯はぁ。ロゼッタ、いやロゼ」


 父はため息交じりに立ち上がり、私へと近づく。この状況は無かった筈だ。やはり先ほどのお母様の話が予知を崩してしまったのか——


「顔をよく見せなさい、ロゼ」


 そういうと父は私の頬を両手で挟み、まじまじとこちらを見つめて来る。そして何を思ったか、私を抱き寄せる。


「こんなに大きくなって。今ではもう私の知っているロゼとは少し違うのだろうな」


 頭を撫でながら父は続ける。久しぶりの感触だ。昔はよく撫でてもらっては居たが、家族と疎遠になってからは一度もなかった。あれは、何年前の事だったろうか。


「私は、いや私達はお前に謝らなくてはいけない。済まなかった⋯⋯」


 自然と涙が溢れだしてしまう。たったの一言と、父の抱擁が今までの全てを洗い流してしまう。何も変わっていなかった。私に向けられた愛情は、何一つ変わっていなかったのだ。


 変わってしまったのは私。力を手に入れ増長し、彼等への対応を変えた。その結果彼等はどうしていいか分からなくなり、今日に至ってしまったのだ。


 まるで鏡の様。私の態度が全てを狂わせ、ようやくマトモになった私が帰ることで家族も元に戻った。ただそれだけの事だ。私は、本当に愚か者だったのだ。


「さて、次はロゼの今後について話そうと思うが⋯⋯」


 気づけば母も姉も涙でくしゃくしゃだ。姉なんかはもう他人には見せられないレベルの大泣きで、父が私から離れるのを待っていましたと言わんばかりに抱きついてくる。それを見た父は頭をポリポリと掻き、話すのを止めてしまった。


「姉さん、ビルマ姉さん。もう大丈夫だから、ね。私は何処にも行かないから」


 なんとか姉をなだめる。父は少し神妙そうな顔でこちらを見ながら、軽く咳払いして話を続ける。


「その事だが、私としてはそのだな⋯⋯オルト君を我が家に客人として招き入れ、彼を見定めたいと思っている。お前をのに充分な男かどうか、それを知りたい」


「なっ⋯⋯」


 ちょっと待ってお父様まで何を言い出すの!そういう関係じゃ無いと散々説明した後でしょうに!と言うかいくら末妹まつまいとはいえ、ただの一般人とそういう関係になるのを認めるというのはマズいのではないでしょうか!?貴方の可愛い娘ですよ!


「私達は家族だ。だがそれは血の繋がりだけで作られるものでは無い。最も必要なのは血では無く絆。私とキャロルだって血は繋がってないしな」


 さっきから何を言っているのかこの父は。回りくどいのかストレートなのかも良く分からない。私の頭は完全に混乱しきっている。


「つまりだ、しっかりと絆を維持しなければならない所を、甲斐もなく手放してしまったのが私の落ち度だ。そしてそれを元に戻してくれたのがオルト君なのだろう。それなら私も感謝しなくてはならないし、各所へ誤解を解く必要もある。そういった書類の作成に関しても、彼の力が必要なんだよ」


「パパは回りくどいわねぇ。新しい息子の顔が見たいってそういえば良いのに」


——ブーーーッ!!


 父と私が同時に噴き出す。いやいやお母様、それは飛躍し過ぎなのでは!?


「今後もロゼがオルトさんと旅を続けるなら、手配書の取り消しも行わないとだからね。そう言う意味でもこの家に招き入れた方が色々と都合がいいのよぉ」


 そういうお触れを出す、と言うのは分かる。ただ取り下げるだけでは、旅先で再び色々と説明が必要になる可能性もあるのだ。関係各所に、オルトの後ろにはシーランド領主が着いているぞと改めて連絡しておけば、色々な面倒が減るという事も判る。


 だけどそれはつまりその⋯⋯えっと結婚しろと言う事なのかしら⋯⋯それは色々とマズいと言うか何というか。仮にも私たちはお互い殺し合った仲なんですけど?全部『未来予知』の中での事だから、未遂にも至らない事ではあるのだけれど。


 ああ、もう駄目だ。完全にキャパオーバー。私の許容範囲を超えた展開。


 頑なに認めないつもりではあったけど、こんな無茶苦茶な状況ではもう完全に隠しきれない。とてつもなく顔が熱い。これはもう、ここに居る全員にバレていると言っていい。私はもう、認めざるを得ない。私は、オルトの事が好きだ——

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