ロゼッタ

第43話

 懐かしい町並み、2年ぶりに訪れた故郷は昔と比べると何もかも別物の様だった。


 以前はあまり感じられなかった潮の香りというものが、鼻孔をくすぐる。ここで生活していた当時は麻痺していたのだろう。今まで意識したことが無かったその潮の香りは、初めて嗅ぐ様にも思える。


 この街は、初めて訪れる街だ。そう思えるほどに違和感ばかりある町並み。記憶の中とはまるで変わっていないのに、受ける印象は大幅に違う。それもこれも、きっと彼のせいだ——


 私にとってこの街は、畏怖の対象だった。私を理解しない家族と、街人。


 私を悪魔の子と呼び、腫物でも扱うかの様に接した。


 私はこの街が嫌いだった。こんな街滅んでしまえばいいなんて、何度も思った。そして私が救うのだ、この街を。そうすれば皆私の事を認めるだろう、そうすれば、誰もが私を愛してくれるだろう。


 私は万能だ。『未来予知』と呼ばれる力を持ち、ありとあらゆる情報を事前に手に入れることが出来るのだ。だから、私は全てを理解している。お父様の気持ちも、お母様の気持ちも。街の人たち、今まで出会った事のない人達全ての事を、私は理解している。


 でも、それは全ておごりだった。偽物だった。


 本当の私は何も理解していなかった。他人から与えられた能力に酔い、自分の力だと錯誤さくごしていた。自分は神にも等しいのだから、世界は全て私の思い通りになるだろうだなんて、本当に狂っていたとしか思えない。


 現実は残酷だ。私の思惑から外れていく世界をただ見送る日々だけが続いた。そして訪れる世界の崩壊。私の願いが聞き届けられたのだと当時は思ったが、それも間違い。自分の持つ力など、取るに足らない。私など、取るに足らない存在だった。


 私が積み上げた歯車はガラガラと音を立てて崩れていく。どこで掛け違えたのか、どこで抜け落ちてしまったのか。重要な歯車を一体どこで見落としたのか。私には分からないし、過去に戻ってやり直す事も出来ない。私は、無力だ。


 でも、その考えこそが間違いだと気付かされた。歯車なんて存在しなかった。この世界はロールプレイングゲームじゃない。与えられた役割ロールなど、存在しない。


——オルト。


 それを気付かせてくれた存在。私の希望、私の絶望。


 何度も何度も彼に殺されて、何度も何度も


 気が狂いそうになるほど果てしない時間を、彼と共に過ごした。その全てが殺し合い。命の取り合いをする日々。時に彼は異常なほど強く、そして弱かった。


 理由はずっと不明だった。何故こんな男が世界の崩壊の鍵になっているのか。彼は少なくとも物語の主人公たる器も、格別の恩寵すらもない。ただの一般人、ただの端役が、何故こんなにも強いのか。何故こんなにも私の心を揺さぶるのか。


 私は、彼に惹かれていた。恋だとか、多分そういう簡単な物じゃない。私は多分狂っている。何度も何度も殺し合った相手なのだ。彼の事なら内臓の色や形さえ全て把握している。そんな人間が恋などと、どの口で言うのか。


 彼と殺し合う事を止め、一緒に旅をする事に決めた辺りから私の価値観は大きく変わる事となった。


 役割を、祝福を与えられた筈の私は無力で、役割を持たない彼は次々と世界を変えていく。つまりはそういう事なのだ。私がずっと胸に抱いていた役割や歯車なんてもの、最初から存在していなかったのだ。


 絶望の日々だ。前世で報われなかった私は、てっきり今生で報われるものだと思っていたのだから。そう言う物を神に与えられたのだとずっと錯覚していたなんて言われれば、ここもやはり前世と同じく地獄でしかない。


 でも、違うのだ。私には地獄すら与えられていないのだ。そんな物は存在せず、自身の行動でつかみ取らなければならないのだ。生きている自分が、自分の意志で、その道を歩まなければならない。


 道は彼が教えてくれた。その歩き方も、彼は余すことなく私に授けてくれた。彼すら知らない彼の一言一句を、私は全て覚えている。オルトは私にとっての希望、私とっての憧れ。私にとっての人生そのものだ。


 依存だとか愛だとか、そんな甘ったれた物じゃない。少なくても私が今進もうとしている道は、彼が示した物ではない。自分で考え、自分で決めた、私の道だ。


 例えその道を阻もうというのであれば、オルトであってもゆるさない。


 今度は私が、私の力で、彼を救うのだ。そして——

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