第34話

 チートスキルとは何か。以前からずっと考え続けていた事だ。それは、埒外らちがいの力、ことわり範疇外はんちゅうがいの力。そう思っていたが、実際にはそうではなかった。


 どの能力も全て、この世の理に沿っている。実現可能なのだ。手段が確立されていないだけで、どの能力も模倣はできる。


 例えば最初の転生者、彼はダンジョンの仕組みに相乗りし、その魔力を使って配下を使役していた。デザインこそ地球の物だったが、能力はこの世界の物から逸脱せず、ステータスという概念に縛られていた。


 そしてロザリア。彼女にしか見えない精霊は存在せず、方法さえ理解できれば誰でも見て会話が出来る生命を使役しているに過ぎない。未来予知は魔力の流れから演算された予測の積み重ねでしかない。まさに。確実に訪れて回避不能な未来など存在せず、あるのは確率の高い未来だけだ。


 不老不死も恐らくそうだ。偶然別のプロセスで不死に近い肉体を作り上げていた俺なら理解できる。アレは、ただ肉体強度を上げただけだ。この世界に来てまだ間もない頃、師匠と行った訓練の先にある物。誰にも傷つけられないレベルで強化されただけの肉体だ。


 そしてその副作用、不老の能力も同じだ。俺の場合は完全では無いものの、明らかに成長速度が阻害され、停滞し始めている。このまま進めば、俺も恐らく彼女と同様に不老となるのだろう。


——ふぅ。


 考えは纏まった。このカラクリが正解なら、より高い破壊力を持って打ち破ればいいだけの事だ。幸いな事に目の前の不死者、マキシと名乗った少女はこちらの動向を待ってくれている。まだ何かあると信じて期待をしている。そういう事なら、応えねばなるまい。


永続魔力吸収オーバードーズ


 範囲内の魔力を半永久的に吸収し続けるだけの能力。現在可能な範囲は半径30m程だが、屋外となればそれは桁外れの能力を持つ。範囲内は常時魔力枯渇状態となり、相手の魔法は体内魔力かポーション類頼みとなる。仕組みが理解できなければ魔法の行使も難しくなる。


 これの欠点は、無尽蔵とも呼べる魔力が俺自身に集中し続ける事だ。消費し続けなければ破裂する可能性すらある。が、今はそんな事はもう考えない。


 まずは左腕の再生、いや、再構築だ。骨を全て人造魔石として構築し直し、細胞の一つ一つに蓄えられる魔力を限界まで引き上げる。余剰があれば随時他の部分も構築し直す。


「ガアアアアアアアアアアッ!」


 何なら思考さえも再構築する。一撃一撃、全力で叩きこむだけの機械。そういう存在で構わない。目の前の敵をほふる事さえ出来れば、他は不要だ。


「ははっ、素晴らしいな。素晴らしいぞオルト。その姿、やはり人間では無かったか。魔族ですらない、神の領域だ」


 変質し始めた肉体はその見た目にも影響を及ぼしていた。左腕は黒く変色し、血液の様に循環する魔力が緑色に輝き、浮き出た血管の様にも見える。右腕も同じように変質し始めている。魔力を消費しなければ、身体が全てそうなるのは時間の問題だろう。


——ガッ


 あふれだす魔力を全て叩きこむ。魔法使いのようななど存在しない。ひねりだす魔力に限界を設けず、貯水槽をそのまま叩きつける一撃。衝撃という形で威力が分散する事すら許さず、全てのエネルギーが一点に集中する様に、ただ殴る。


「おお、おおおっ」


 今までこちらの攻撃に何の反応も示さなかったマキシが、ついに唸り声を上げる。つまり、ようやく攻撃がとおったという証だ。だが——


 間合いを取るように離れるマキシ。しかし見た目には何のダメージも無く、まだ威力が足りないと言う事が伺える。


「これでもまだ足りないか」


 ここまでしても、不死者に手傷を負わせられないとなると、いよいよ人間を辞める判断をせねばならないな。


「⋯⋯痛い、痛い!痛い痛い痛い痛い!!痛いぞオルトぉ!!!あはははははは!」


 はたから見れば完全に狂ったとさえ思えるマキシの慟哭どうこく。笑いながら、涙を流している。300年前に別れた痛みという感覚が彼女に戻ったのだ。つまり、ダメージは確実に徹っている。


「あはは、あははははははは!ゲフッ、ゴフッ⋯⋯血だ、血も出た!赤い!!赤いぞわれの血は!!まだ、まだ人間だった!!!人間だったんだ!!!アハハハハハハハハ!!!!」


 それなら良かった。内蔵にもダメージが届いているなら、引き続き殴らせて貰う。このまま死んでくれ、不死者マキシ!


——ギィン!バキィン!


 再度殴り掛かるも、その攻撃ははばまれる。剣ごと破壊し、その身体ごと砕こうと考えたが、見事な体裁きでその威力を軽減し、逃れるマキシ。


「死にたいんじゃなかったのか?マキシ」


「ハハッ!悪いがそう簡単には死ねなくなったぞオルト。この痛み、折角のこの痛み。久方ぶりの苦痛を味わう時間がもっと欲しい。この時間、この喜びを永遠に続けたいとさえ思ってしまった。死ぬのは一度で一瞬だなんて、勿体ない!300年分の生に釣り合う死をもたらしてくれ!オルトォ!!」


 なんという我がまま娘だ。ちょっとだけ共感してしまいそうになるが、手を休める訳にも行かない。改めて攻撃を開始する。


——ビシッ、メキメキッ!


 骨が折れる音、既に武器を失ったマキシが取れるのは体術だけだ。一方的なこちらの攻撃に対して守り続けるのは不可能。数打繰り返して攻撃する事によって、頑丈な彼女の身体も悲鳴を上げ始めていた。だが、悲鳴を上げているのはこちらも同じ、限界が近づいていた。


『永続魔力吸収』の副作用、とてつもない魔力をコントロールし続けるのは、恐ろしいほどの集中力が必要になる。激しい戦闘の中でそれを行い続けるのは難しい。時間が経つにつれ、魔力の扱いが雑になってくる。


「おお、我の魔力が尽きているだと?体力だけでなく魔力も削れるのか貴様は!素晴らしい、素晴らしいぞッ!」


 俺の疲弊に対して彼女はまだ元気いっぱいと言った所だ。周囲の魔力を吸い続ける事によって彼女の魔力が回復しないと言うのは想定済み。怪我の修復を行う魔力すら尽きたここから彼女の弱体化は著しいだろうと予想していたのだが、少々甘かったようだ。このままでは彼女を殺す前にこちらが力尽きる。


「残念だマキシ。ここからはBだ」


 プランB、その言葉に一瞬目を輝かせたマキシの隙を見逃さなかった。やはり彼女は俺と同類、中二病患者だ。あの魔法の詠唱を聞いた時から薄々感づいては居たが、大仰な喋り方や不老不死といった能力を求めたという彼女の言葉が示している。思春期のいびつな妄想から抜け出せずに今日こんにちまで至ってしまったのだ。


 すかさず彼女の腕を取り、ひねるように後ろへ回り込むと、そのまま地面へと倒し押さえつける。


「ちょ、何処を触っているオルト。戦闘の最中に何を考えておるのだ貴様はッ!」


——ガチャン。


「ん?何だこれは?」


「ただの手枷だ。お前を捕縛する為のな」


 成長できないと言ったマキシなら、筋力を用いてこの手枷を破壊することは不可能だろう。そしてこの手枷の能力。『魔力漏出マジックドレイン』があれば戦闘で失った大量の魔力を回復される恐れも無い。つまり、俺は彼女を殺すことを諦めた。


 このまま戦っても殺せない。それは苦渋の決断だったが、拳を交えるにつれ彼女への共感シンパシーが芽生えてしまったのも事実。ロザリアを傷つけられた恨みは充分に晴れたという事で飲み込んでしまうのが一番だと判断した。依頼の目的は生死問わずデッドオアアライブ、殺せないなら封じるのが理に適っているのだ。


 すぐさま『永続魔力吸収』を解く。体内に残った魔力も全て吐き出し、元に戻す。やはり骨を魔石化するのはリスクが大きい。コントロール方法に慣れなければ暴走してしまう事も考えられるし、身体の変質もあまり宜しくはないだろう。幸いなことに今は元に戻せたが、もっと先に進んでいたら、引き返せなくなる可能性もある。今後はもっと慎重に行うべきだろう。


「何を一人で落ち着いておる、状況を説明しろオルト。我を殺すのでは無かったのか?」


 おっと一仕事終えた所でついくつろいでしまった。こいつの処遇を説明しなければ。


「悪いが今の俺ではお前を殺せない。だから捕縛して引き渡すことにした。そのうちどこかの研究所で死ねるだろうから安心しろ」


 ふざけるな、安らかとか無理だろ人体実験は止めろと抗議の声、だがそれは聞かない。本来なら日本に送り返さなければならないが、それは不可能なのだ。ならこうするしかない。


「せめて貴様の仲間とでもして連れて行け!殺せるようになるまでは手伝ってやらん事もないぞオルト?」


「いい提案だ、だが断る。賞金首を連れて歩くだなんて無駄が多すぎる。それに俺の相棒を傷つけたことは忘れてない」


 それは謝るから、なんなら土下座もするから!と抗議するマキシ。こいつちょっとキャラ変わってない?ジタバタと動く彼女は、見た目通りの歳相応にも思える。戦闘時の鋭い目つきは既に無く、何処にでも居そうな可愛らしい少女といった風貌だ。あの奇妙な仮面も、この顔では殺して貰えない可能性が高いと感じてつけていたのだろう。


「決定事項だ」


 そう言うと、連絡用に預かった信号弾を発射する。これにて依頼は終了だ。手柄を取られたベテラン冒険者たちは怒るかもしれないが、早い者勝ちと提案したのは彼らだし、文句は言わせない。


「なぁなぁ!牢屋とかジメジメしてる所は嫌いなんだ。奴隷で構わんから連れて行って貰えんか?性奴隷でもいいから!」


 やかましい。さっきまでの中二キャラはどうした。というかジタバタすると見えてはいけない部分が見えそうになる。戦闘時は気にも止めなかったが、既に服はボロボロで、あちこち肌が露出している。そんな姿で性奴隷とか言われるとこっちが犯罪者みたいじゃないか。


 というかこの状態でこの娘が賞金首だと理解して貰えるのだろうか?不安がいっぱいだが、証拠の仮面と奪った武器はここにある。とりあえずまとめておこう。あとついでに猿ぐつわでもして上から仮面を被せておこう。口を聞かれると面倒だしな。


「⋯⋯まさに外道!」


「やかましい!」


 現代日本からの転生者アピールとかもう遅いから、ちょっとだけ罪悪感芽生えてるけどもう遅いからな!

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