第35話

 信号弾で集まったパーティは全部で2つだった。マキシの姿を確認すると、他のパーティにも連絡をしたようで、これ以上の人手は不要と判断されたようだ。


 肝心の賞金首認定だが、それは問題なかった。移動させようとマキシを立たせたとき、あろうことか他のパーティの男性の局部に蹴りをかましてしまったのが決め手となったのだ。


 あの場で怯える様な仕草や逃げる選択肢を取っていれば、本人ではないと疑われた可能性もあるのに、どうやらそこまで頭は回っていなかったらしい。足にも同じように枷をめられると、そのまま狩られた獲物の様に木の棒にぶら下げられ、運ばれていく。その姿は不憫としか言えなかった。


 犯罪者用の手枷は、筋力にも効果があるようだった。細胞に浸透した魔力でさえ、最低限を残して漏出させるとは中々エグい力だ。考えてもみればそういう輩を捕縛する為の道具なのだから、そう作られているのは当たり前と言えば当たり前だ。


 最早抵抗する気も失せたと言った感じのマキシは、されるがままだらんと木の棒にぶら下がっているだけだったが、顔はずっとこちらに向けていた。恐らくは睨んでいたのだろうが、仮面と猿ぐつわのお陰ではっきりとは分からない。お陰で知らんぷりを決め込むのも容易だった。


 賞金首を捕らえた事について、意外にも他の冒険者は喜んでくれた、というか歓迎ムードだった。不満を持つ者も居るには居るのだろうが、少なくとも面と向かって不満を言うものは居ない。とんだラビットちゃんだぜと少し揶揄からかうような発言はあったが、体育会系のノリをしたオッサンだった事もあって不快にはならなかった。


 これにて依頼は終了。夜まで掛かるか最悪の場合は明日にもつれ込む可能性もあったが、午前中で仕事が終わったとなれば時間効率は非常に良い。不満が出なかったのはそう言う面もあったのだろう。


 ギルドにマキシを送り届けると、ここから更にしっかりとした捕縛をした上でシーヴァスへと送られるそうだ。殺人を行っていない彼女の罪はそれほど重くはないが、数が多い。どのような罰を与えられるかは分からないが、恐らく奴隷落ちだろうとギルド職員は話していた。


 彼女の事情を知るのは俺だけ。知っていれば多少の同情は出来るが、罪は罪でしかない。彼女にはしっかりと罪を償って貰わねば。もう2度と会う事は無いかも知れないが、再び相まみえることがあれば、その時は彼女の願いを叶えるのも悪くはないかも知れない。


 今度はしっかりと会話をして、日本に戻れることを告げ、そして帰ってもらう。そう言う風に別れられるのなら完璧なのだが、少なくとも俺もその時までにはより強くなっている必要がある。駆け足での転生者との戦闘が続いたが、改めて力不足と言わざるを得ない。純粋なレベルアップを含め、課題は山積みと言っていいだろう。


 それにしても、転生前に聞いていた話とは随分違う。本来ならこれほど立て続けに戦闘になるなどあり得ない筈だ。そういう運命と言う物は俺には存在せず、もっと苦労することを予想していたのだが、あまりにも出会いが多すぎる。


 ロザリアとマキシについては向こうからやってきたのだから、彼女たちの運命に巻き込まれた、という考え方も出来るが、それは少々都合が良すぎるだろう。答えが出ない問題ではあるが、頭の片隅に留めておく必要はありそうだ。


「さて、とりあえずは宿屋とやらに行くか。こもれび亭だったか」


 ギルドでの引き渡しが終わり、報酬を受け取ると、早速シャルとロザリアが待っている温泉宿へと向かう。資金は潤沢だ。なんならコース料理とやらも頼んでみるのも良いかもしれないな。


 シャルに念話で連絡を取った時は、既に温泉宿に居るなんて言うものだから、随分と現金だ、なんて思ってしまったが、ロザリアは随分と落ち込んでいるらしい。それならば折角の潤沢な資金を利用しない手はない。落ち込んでいても美味い飯さえ食えば大抵気分は良くなるもんだ。


 受付で確認を取り通された部屋は、随分と広かった。ていうか4畳半程のスペースが畳で作られていたので驚いた。畳好きの転生者でも居たのだろうか、二度と見ることが無いと思っていたものが目の前にあるというのは喜ばしい半面、少し複雑な気分にもなる。


 ロザリアはその畳の上、壁側を見るように横になりうずくまっていた。シャルもその傍らに転がって慰めるように張り付いている。思っていたより事態は深刻のようだ。


「ただいまシャル、ロザリアも。いい宿だな」


 とりあえず挨拶と、何か話題を。と思ったがロザリアからは返事がない。寝ているのだろうかと近づくと、肩を震わせているのが分かる。彼女はただ静かに、泣いていた。


 どうしていいか分からない。こういう状態の子には何をすべきか、俺には経験がない。おたおたする俺にシャルが一言、頭を撫でてあげて。と言われたので静かに横に座り、そっと撫で始める。


 嫌がられては居ないだろうか、不安になる。ロザリアは良いとも悪いとも言わないが、涙は落ち着いてきた様だ。少しずつではあるが、しゃくりあげる回数が減ってきている。


「⋯⋯怖かったのよ」


 ようやく口を開いた。『未来予知』の中でならまだ良かったのかも知れないが、現実で死に直面したのだ。そりゃ怖くない筈がない。


「祝福を使うのが⋯⋯予知を使うのが怖かったの」


「そうか」


 どうやら俺の想像とは違ったらしい。余計な口を挟むべきではないな。黙って彼女の話を聞こう。


「少しずつ、自分が分からなくなる感覚。それが怖くて仕方なくて、ずっと使う事を避けてた。オルトと一緒なら、使わなくても平気だって⋯⋯そう思ってた」


「うん」


「でもそれじゃ駄目だった。私は何の役にも立たなくて、ただの足手まといだった」


「⋯⋯」


「私から祝福ギフトを取ったら、何も残らないのにね」


 それは違う、そう答えたかった。でも、彼女の独白を止めるのは多分間違いだろう。今、全てを吐き出しておかなければ、きっとが残る。これから先もずっとパーティを組み続けるのなら、優しさだけではいけないのだ。お互いに依存し、甘えながら傷を舐め合う関係では、きっと後悔する。


「⋯⋯強くなりたいわ。今よりもずっと。せめて、オルトの隣に立てるくらいには」


 彼女は優しい。それは初めて会った時からずっと感じていたことだ。何があっても責めるのはまず自分で、他人のせいなどにはしない。それは長所だが、短所でもある。


「助かってるよ、ロザリア。少なくとも俺はパーティを組んで正解だと思ってる」


「でもッ!」


 反論は許さない。頭を撫でる手に少し力を入れ、強めにくしゃくしゃっとする。


「それでもまだ、ロザリアが足りないって言うなら、俺の全部を教えるよ。きっと俺なんかよりすぐ強くなって、俺なんかもう要らない!なんて言われちゃうかも知れないけど、それでもロザリアの為になるなら、それでいい」


「⋯⋯オルト」


 ロザリアが俺の手を掴むと、そっと自分の口元へと持っていく。一体なにごとか。


——がぶっ


「いってぇ、何するのさ」


 噛まれた。強くは無いが、甘噛みと言う程でもない。それなりに痛い。


「出会ってそんなに経ってない人間に、そう簡単に自分の秘密を漏らすだなんて。少しは危険だとか思わないの?それにその台詞はキザったらしいわ。恥ずかしくないのかしら?」


「それを言うならロザリアだって、もう散々俺に話してるじゃないか。あとキザったらしいのは最初からだったろ?今更だよ」


 それもそうだったわね、と軽く笑う。どうやら機嫌は直ったようだ。袖で涙を拭うと、壁に向かったまま座りなおす。


「はぁ、涙でぐしゃぐしゃだわ。あんまり顔を見せたくないわね」


「それなら露天風呂に入って来なよ。まさか一部屋につき一つ、ついてるとは思わなかった。外に出れば、すぐ風呂だよ」


 部屋の外、ガラス窓の先にはもくもくと湯気をたてている露天風呂が見える。衝立ついたてもあるので全部は見えないが、かなり大きめの風呂だ。ていうか見えたら困る、色々と。


「そうね、それならまず先にオルトが入って。一人で全部終わらせたんでしょ?疲れてるだろうし。私は顔を洗って落ち着いてからにするわ」


 そう言うならそうしよう。疲れているのは確かだし、外に出ても今日はやることが無い。装備の新調はしたいが、それは明日以降で充分だろう。時間を潰すとなれば、それなりに長風呂する必要がある。考えてみれば風呂はしばらくぶりだし、別に嫌いって訳でも無い。お言葉に甘えてのんびり浸かるとするか。


「ゴハンまで3時間くらいあるからゆっくり入ってきなヨ!ボクは後でロザリアと一緒に入るからネー!」


 シャルの癒し効果は折り紙付きだ。暫くロザリアについて貰える事に不満はない。というかシャルは風呂に入っても大丈夫なのだろうか?興味津々ではあったが、あくまで知識だけの筈だ。実際にはいったらどうなるかは分からない筈だが⋯⋯今考えても仕方ない。とりあえず俺は風呂に入ってしまおう。


「ふう⋯⋯やっぱり風呂は気持ちいいな」


 露天風呂は豪華なものだった。部屋に隣接した更衣室も広く作られており、着替え用の浴衣まで用意してある。日本にいた頃でさえこんな豪華な部屋に泊まったことは無いのに、異世界に来てこういう体験をする事になるとは。


 風呂の周囲は衝立が囲んでおり、こもれび亭の名にふさわしく周囲を木々が覆っている。そのワリに圧迫感が無いのは、衝立自体の背が低いからだろう。簡単に覗かれそうな気もするが、この世界での犯罪者の扱いは優しくない。そんな事で奴隷落ちなんぞしたら目も当てられないだろうし、もしかしたら魔法で何かしらの対策がされているのかもしれない。


 なんて、余計なことまで考えてしまう。今はただ、無心でこの風呂を楽しむべきだ。なんならミルタの街で味わったエールでも頼んでから入るべきだったろうか。熱い風呂に美味い酒、そういう組み合わせがイイと感じてしまうのは、歳を取った証拠だろうか。


「あーー」


 意味もなく声を上げてしまう。これは定期的に堪能したくなってしまうなぁ⋯⋯


——ガラッ


「オルトー!お風呂に入りに来たヨー!」


 おお、シャルか。後でロザリアと一緒になんて言っていたが、待ちきれなくなったか。とそちらを見ると、そこにはロザリアも居た。


「ちょちょちょ⋯⋯ロザリアさん!?」


 慌てて目をそむけ、風呂のへりに置いていたタオルで大事な部分を隠す。ロザリアもタオルを巻いていたため大事な部分は見えなかったが、見えていたら危ない所だった。


「身体を洗うからこちらは見ない様に」


 えっと?ロザリアさん?ロザリア様って呼ばないと駄目かな?聞きたいのはそういう事じゃないんだけど?


「半分はお礼。もう半分は心細かったからよ」


 それならシャルと一緒で充分じゃないんですかね?別に俺は逃げたりしないよ?とにかく頭が恥ずかしさと疑問符でいっぱいになる。


 そんな俺の状況はお構いなし、とばかりにシャルとロザリアは身体を洗っている。わしゃわしゃという音と、ロザリアのお客さん痒い所ありませんかー?の声。聞き耳を立てているつもりはないが、こんな状況ではつい聞いてしまう。ひとつひとつの動作音に、妙な想像力を掻き立てられてしまう。これはイカン、イカンぞ!


 さっさと風呂を出てしまいたいが、生憎あいにくと入り口に向かうにはロザリアの横を通らねばならない。どうしろっていうんだこの状況。ていうか何かしたらマズいな。石だ、石になろう、うん。


「よいしょっと⋯⋯わっ、危ない危ない」


 何が危なかったのかは分からない。何故なら目を閉じているからな。だけど音だけで何をしているか判別できてしまう。シャルと感覚共有してしまった事が悔やまれる、なまめかしい状況が目を瞑っていても理解できてしまうのは危険だ。


「あの?ロザリア様?どうしてお隣に入られるのでしょうか?湯煙の強い向こう側へ入られるのが一番と存じ上げますが」


 もう完全に無理だ。この状況は俺には耐えられないぞ、助けてくれーっ。


「イヤよ。向こうは部屋から丸見えじゃない」


 確かに丸見えだけど、部屋の中には誰も居ないよ?というか俺が目を開けたら多分見えちゃうけどそれはいいんですか?


 だんだん思考がおかしくなってくる。熱に浮かされる、という言葉をダブルミーニング出来る状況だ。このままではぞ。


「ありがとうオルト、さっきは言えなかったから。気になったら居ても立ってもいられなくて。押しかけちゃってゴメンね」


 その言葉で少しだけ冷静になる。感謝の言葉を伝える為だけにわざわざ押しかけた、と彼女は言ったのだ。それ以外の意図があったとしても、これ以上踏み込むべきではない。ここで流される事は簡単だが、そういう関係にはなりたくない。お互いに同じ位置で語り合いたい。今、こういう関係で結ばれてしまえば、今後二度とそんな関係にはなれない、そんな気がしてしまった。


「⋯⋯困ったときはお互い様だよロザリア。それより、訓練の方はどうする?ちょっと辛いかもしれないが飛躍的に強くなれる事だけは保障するよ」


「あら⋯⋯」


 意外だった、みたいな声上げるの止めて頂けませんかね?出来るだけ紳士で居たいんですよこちらは。お願いですからこの辺で勘弁してください。


「⋯⋯今日はここまでにしておくわ。弱みを見せてそれにつけ入るだなんて、やっぱり卑怯だものね」


 うわぁ確信犯だよ。ここで既成事実作る気満々だったよ!ヘタレで済まないね!


「訓練の件はお願いするわ。なりふり構ってられないもの。よろしくお願いします、師匠」


「その呼び方は勘弁して」


 お互いにクスりと笑った所でようやく緊張が解ける。気付けばいつのまにかシャルが泳ぎ始めているし、俺の出番はここで終わりだろう。終わらせてくれるよな?


「それじゃあ、俺は先に上がるから。悪いけどちょっと反対側を見てて貰えるかな?」


「イヤよ」


「えぇ⋯⋯」


 うそうそ、冗談よ。とロザリアは顔をそむける。良かったよ、流石にこれ以上湯船につかっていると間違いなく湯あたりしてしまう。手早く上がって、すっかり忘れていた豪華な食事を頼んでみよう。今からでも間に合うかは分からないが、折角の贅沢だ。とことんまで楽しもう。

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