第31話

 バルネドは首都シーヴァスからおよそ200km程北西にある街だ。道中は街道が整備されていない場所も多く、到達までには一週間を要した。移動中、それなりに魔物モンスターと戦う事はあったが、キャラバンは血気盛んなパーティがひしめいている。我先にと暇を持て余した者が大挙して狩りに行くものだから、ランクの低い俺たちは暇で暇で仕方ないといった道程だった。


 キャラバンに参加した冒険者は16名。広範囲な森を探索し賞金首を狩るという依頼の性質上、狩人ハンターは随分と多い。残念な事に俺と同じ斥候スカウトは存在しなかったので、得るものが少なかったのが悔やまれる。


 とはいえ戦力増強は急務。なにかしら使えるものは無いかとアレコレ考えるには充分な時間があったので助かった。結局考えがまとまったのはバルネドに到着してからになったが、良い結果が出せたと言っていいだろう。


 現在装備している人造魔石の複合装甲は、金属製の籠手ガントレットとブーツガードだけである。これ以上内側に魔石を仕込む余裕はないので、全体的に装甲を増やそうかという方向で考えていた矢先に、ある妙案が浮かんだ。


 魔石を装甲に仕込めないならいっその事身体に仕込むかと思った所で、ステータス上の総容量が増える可能性が高い事と、そもそも血中に高濃度の魔力を循環させる器官を再現するのが難しいなと考えていた時に気が付いてしまった。


 複合装甲の様に、のはどうか?骨髄を避ける必要はあるが、骨の内側ならかなりのスペースが捻出出来る上に、強度上昇も見込める。


 複合骨格。外骨格の様に外側に足すのが無理なら、内側に足してしまえ、と。


 上位魔族であれば角の内側に魔石を生成し、自身の魔力として利用している者もいる。なら不可能ではないはずだ。


 シャルにそう提案してみたが、彼女は難色を示した。まずは健康上の理由。一般的な肉体改造という概念を超えた強化は、どういった影響を及ぼすか分からないという事。


 そして身長の問題、これは結構深刻だ。


「それ以上身長が伸びなくなる可能性高いケド、オルトは大丈夫?」


 ぐぬぬ、確かにそれは死活問題だ。単純に見栄えの問題もあるが、筋肉をつけるスペースが無くなるというのもよろしくない。スキル行使ではなく、身体を動かすための魔力、それを蓄えるためにはどうしても筋肉が必要なのだ。やるにしてももう少し身長が伸びてからの方が効率が良いだろう。


「もっともらしい理由付けてるケド見栄えが致命的なんでショ?」


——ぐぬぬ。せめてロザリアよりは大きくなりたいという思考はバレバレだった。


 とりあえずは健康面を考慮して右前腕部、尺骨しゃっこつと呼ばれる細い方の骨の一部を魔石化して様子を見る事にする。これだけでも籠手と同等の魔力が確保出来るとなれば、充分な強化にはなるだろう。幸い、ステータスへの反映もされなかったので、健康面での問題さえでなければ順次魔石化を行っていく事にした。


「もう人間じゃないネ。そこまでする理由、本当にあるの?」


 以前は責任感や罪悪感と言った物で動いて居たが、今ははっきりと違うと言える。


「守りたいものが沢山出来たからな⋯⋯」


「おーおー、恋する男は強いネー!」


「大事なのはお前もだよ、シャル」


 隣で冷やかしていたシャルをくしゃくしゃに撫でる。これでもかとくすぐる様に撫でまくると、流石のシャルもまいったまいったー!と降参している。尻尾の付け根が弱いんだろ?うりうり。お前の弱点なぞ身体の隅々まで把握してるんだぞ俺は。


 つい楽しくなって更にわしゃわしゃしていると、宿の扉がちゃりと音を立てて開く。


「あら、私が働いてる間に二人でイチャイチャしてるなんて酷いわね?」


「温泉宿の情報集めは仕事のうちに入っていたのか⋯⋯」


 折角なんだから一番いい宿に泊まりたいわ、と制止も聞かず飛び出したロザリア。明日が本命の賞金首狩りだという事もあり、今日は温泉に入るのを自重して貰ったのだが、出掛けてから1時間以上が経過していた。既に明日泊まる宿は決めたとばかりにご満悦な表情をしている。


「シャルちゃんも入れる宿って3軒あったんだけど、その中でも『こもれび亭』っていう所がかなりいい感じだったから予約してきたわ。少しお高いのがネックだけど」


 折角の贅沢なら中途半端に節約はしない、という事だろう。肝心のお金はあんまり余裕がないとはいえ、到着時にギルドで確認した限りはそこそこ依頼があったから大丈夫だろう。多分⋯⋯


「なら明日に備えてそろそろ寝る準備をするか。明日は早朝からギルドで会議だし、仕事自体も長丁場になりそうだ」


 そう言うと席を立って部屋の外へと向かう。ロザリアの準備のためだ。長旅の後だから魔法でささっと綺麗にする以外の事も色々あるだろう。折角だから散歩がてらに街の様子でも見てくるか。


「30分もあれば充分よオルト。帰ってきたらちゃんとノックしてね」


「はいはい」


 宿の外へ出ると少し肌寒い。森に住んでいた頃から考えると随分と北に移動したのだから仕方がないのだが、余裕があれば外套マントを買うべきか、と悩む。夏になれば虫よけにも役立つので持っていれば便利なのだが、咄嗟の行動時に邪魔になる可能性があるのは難しい所だ。魔法の収納鞄も無いから荷物にもなりやすい。ロザリアに預けるっていう手段もあるが、あんまり気乗りはしない。


「ほいほいオルトちゃん。お元気ぃ?」


 突如耳元から声が掛かる。肩には火の精霊、ホムラがいつのまにかちょこんと座っていた。寒そうだねと声をかけると、ほんのりと身体が温まる魔法を掛けてくれる。


「助かるよ。だけどご主人様に許可も取らずに魔法使って良かったのか?」


 戦闘時でも無いし、すぐ回復するから大丈夫だよと焔は言う。それなら気兼ねなくご厚意に甘えよう。というか折角だからこの魔法の感覚を覚えて後で再現してみようか。それなら外套の問題もクリアできる。


「改めて精霊ちゃんズを代表してお礼を言うよ、ありがとうオルトちゃん。皆ロゼ以外とお話するのはまだ慣れてないから照れてるけど、本当に感謝してるんだ」


 先ほどまで肩に乗っていた焔は空中でくるりと翻り、目の前に来るとそう言う。こちらは打算もあってやった行為だし、お礼はいらないと言ったが、それでもありがとうと繰り返される。主人に似て義理堅い子だ。


 なら折角だからと街の案内を焔に頼む。既に日は落ちているが、この街は明るい。鉱山から産出した金属類を溶かす炉の維持の為に、1日中稼働している工房が多いのだそうだ。食事処もそういった事情に合わせて、時間の限定はあるが深夜でも開けている店が多いと言う。


 街灯は鉱山から採れる光る石を利用しているそうだ。それほど数が出ない為、値段はそこそこするらしいのだが、その辺はこの街の特権と言う所だろう。本来なら貴族の屋敷や大きな街でしかお目に掛かれない明かりを、存分に利用できるというのは素晴らしい。


 シーヴァスにも街灯はあったが、大通りに散在している程度だった。大抵の人は夜道を歩く場合、魔法で明かりを灯すか、植物油を利用したランタン等を使うのが主流である。そういった物を利用しなくても歩けるだけの明かりが存在するというのは、転生前の日本を思い出させる光景だ。


「魔法を使えるなら苦労はしないけど、こういう道具は誰でも恩恵にあやかれるからいいよねぇ」


 焔はいたく感心しているようだ。火属性だからだろうか?暗闇を照らすという行動は、彼女にとっても安心できる行為なのかもしれない。その後も彼女の説明を受けながら街を見て回り、時間いっぱい飽きることなく過ごす事が出来た。


 簡易宿に帰ると、ノックに応対したのはシャルだった。既にロザリアは寝ていたらしく、こちらも音を立てない様に移動すると、隣のベッドに潜り込む。シャルは最近ロザリアにべったりな為、俺は一人で寝ることが増えてしまった。寒い⋯⋯仕方ないので先ほど使って貰った魔法の再現とばかりに練習しながら眠りにつく。親離れは寂しいね。

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