【Ⅲ巻発売記念SS】11/25発売!

「まだ、悩んでおられたのですか……?」


家令のドノバンに驚かれて、バイレッタは小さくなった。

午後三時にサロンでお茶をし終わった後、例の手紙のことを問われて返答したときの彼の反応だ。


それはここ最近バイレッタの悩みどころであり、そしてまったく手をつけられていない手紙のことである。


「でもね、でも……考えてもみて。何をどう書けばいいの?」


いつかもドノバンに同じような悩みを相談したことがあったが、今回はかなり深刻だ。


「あれほど楽しみにしていらしたのですから、若様も待っておられますよ。お早くお知らせされたほうがよろしいかと思いますが」

「あれ、楽しみにしていた?」


バイレッタの夫であるアナルドは妻の出産をとても心配していた。

できる限り戦地に向かうぎりぎりまで寄り添って、細かく配慮していた。重い物を持たない、走らない、飛び跳ねないなど事細かに指示しては周囲を警戒していた。


義父には産婆ともしもの時のために女医の手配を頼み、助手にも女性ばかりを集め、最高峰の医療体制を整えるほどである。

権力の無駄遣いだ。

スワンガン伯爵家の威信を振りかざすことになった義父は始終不機嫌で、勝手し放題な息子にイライラしていたほどだ。それも胎教によくないとアナルドに批難され、ますますの悪循環に陥っていた。


むしろあの過保護な夫がいなくなってよかった。

だから、いなくなった途端に産気づいたのかもしれないとバイレッタは思っている。


すぐに戦地から戻ってくると出ていった夫は娘が生まれた三か月が経っても戻ってこないのだから、きっと忙しい。

戦況など、一軍人にどうなることもできないのだから、仕方ないと思っている。

だというのに、娘が生まれたなんて手紙をどう送れというのか。

そもそもなんて書けばいいのだろう。時間も経ってしまって、ますます送りづらくなった。


なにかの郵便事情で手紙が届かなくなったとか、紛失されたとか言いたい。

すぐにばれるだろうけれど。


頭を抱えるバイレッタの様子を見かねて、家令はためらいがちに口を開く。


「そうですね、余計なことを書いて心配をおかけするのもよろしくないのかもしれません。ありのままの思いを分かりやすく伝えるほうが……」

「そうよね、そうよ!」


バイレッタは家令の案に飛びついて、あっという間に手紙を書き上げた。


文面を見ていた家令は、思わず目を見張る。

横から覗いた形になったが、目に入った一瞬で内容がわかってしまった。

つまりそれだけ短いということだが、重大任務を終えたと言わんばかりのバイレッタは嬉々としていて気がつかない。


「むしろ余計なことを考えそうですが……」

「これ以上ないくらい、簡潔よ?」


キョトンと瞬くバイレッタに、家令は力なく頷くしかないのだった。

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