番外編 追伸

番外編① 可愛い孫(ワイナルド視点)

「あら、お爺様。そちらは認可できませんわよ?」


書類を捲っていた手を止めて紙面から顔を上げれば、こてりと首を傾げる孫娘がいた。

10歳にして、すでに妖艶ともいえる雰囲気を纏わせている少女はエルメレッタだ。生意気な息子の嫁と、苦手な息子の血を感じさせるその言動には日夜空恐ろしいものを感じる。


ここは自分の仕事部屋で、本来孫娘の立ち入りを許可する場所ではないが、すでに領主の片腕になりつつある彼女の来室を拒む理由がない。ないけれど、渋面を作ってしまうのは仕方がない。


「入室の許可は得たのか?」

「きちんとノックはしましたが、お返事をいただけなかったので心配してしまいましたわ。なにせお爺様もご高齢でしょう? いつお空からお迎えがきても不思議ではありませんし。偏屈で人嫌いと言いましても大切なお爺様をおひとりで逝かせるわけにもいきませんしねぇ?」


孫は可愛いと時々会う同年齢の隠居した者たちは言う。

孫が可愛い?


産まれた時は確かに不思議な気持ちはしたし、小さな手で指を握られた時も、小さいながらもしっかりした重さにも、なんだか面はゆいような温かさを感じたのは確かだ。あの頃は確かに可愛い孫と言えたかもしれない。

だが、この口調。この顔。


孫が可愛い?


そんなことを言う爺馬鹿どもに、この孫を見せてやりたい。

いや、実際見せたこともある。

彼女を連れて帝都の買い物に付き合ったときに、顔見知りに会って世間話をした。

その際に、自分の孫の嫁にと熱心に乞われた。


苦労するぞ、と不快感を押し殺しながらの忠告も飲み込んだ。

この孫は驚くほど外面がいい。

どれほどあしざまに罵ったところで、にこりと微笑んで困ったお爺様と告げるだけで、偏屈爺の妄言と捉えられるだけだ。

むしろ手元に置きたいから評判を貶めているとさえ言われかねない。


「ご無事な姿を見られて安心いたしましたわ。けれど、その書類の認可は見逃せませんわね」

「些末事くらい見逃せ」

「些末事ですって?」


細い形の良い眉を跳ね上げて、あらあらそうですか、と低くつぶやく孫娘が怖い。

6歳になる弟のレイナルドの方が可愛げがある。楽天的でいたずら好きだ。

あの屈託なさをなぜ姉に分けられなかったのか。少しでもいい。欠片でもいい。

悔やまれてならない。


「ええ、お爺様にとっては些末事かもしれませんわね。一つの町の嘆願書ですものね。泥棒を捕まえたから、裁く許可が欲しいだなんて。ええ、それが単なる泥棒であればですけれど」

「どういう意味だ?」

「町長の裁量で犯罪者を裁けるのは二等級の犯罪者までですよね。窃盗は三等級の犯罪です。本来は町長の裁可で事足りる。それをわざわざ領主に伺いを立てていますよね?」


手の中の書類をいつの間に見たのか不思議だが、内容は合っているのでワイナルドは頷く。


「この場合は、盗んだ物が温泉組合の組合証だからな。一応、こちらに伺いを立てただけだろう」


スワンガン領地の温泉場は、以前は三つほどの町だったが、新たな湯場が見つかって現在は六つになっている。どこもそれなりに賑わっているのは、数年前に相互に争っても互いに不利益にしかならないとバイレッタが言い出し、町内での小規模の温泉組合を町ごとに拡大して組織し直し、各地域ごとの組合長を出して話し合いの場を設けて協定を組んでいるからだ。足の引っ張り合いをしないために、互いの湯場のよいところを提案して、あちこちの湯場をめぐるように仕向けた。そのためにそれぞれの湯場の特色を出すことも忘れない。風情を楽しむ、家族で楽しむ、治療で楽しむ、それぞれの町ごとにカラーを出した結果、各町の行き来も盛んになり、スワンガン領地も全体が活気づく。

その組合証があれば、客を流してもらえてバイレッタの考えた土産物などのアイデアも使える。メリットが多いため、温泉場に近い町も権利を欲しがって、組合証を求める声が多い。

だが、無闇に与えてもつぶし合いをするのは目に見えている。そのため、温泉のメリットを持たない地域はそれ以外で収益を得られるように配慮した。作物の面積を増やし、公共事業の拠点とするなどだ。温泉場の間の街道を整備し、往来で収益を得られるような工夫もしている。

それもバイレッタの指示だ。なんとも小賢しい配慮ばかりだが、スワンガン領地がさらに賑わったのは彼女の手腕だと言わざるを得ない。


だが、その組合証を持たせたとある町の町長が代替わりすることになった。跡継ぎが病死したため、その町の有力者が新町長として就任した。次いで、その組合証もその新町長が受け取ったが、それを盗まれたというのだ。

すぐに盗賊は捕まり、組合証も戻ってきた。本来ならば窃盗は領主の裁可を仰ぐものではないが今回は物が物だけに、犯罪者を裁くための許可をとりたいといった書状だ。

特に気にすることもなく、本人も言う通り窃盗は本来町長の裁可で裁けるので、認可として返事をするつもりだった。


「盗人は前町長の息子ですわよ」

「なんだと? 息子は病死したのだろう」

「それは嫡男ですわ。今回は次男です。放蕩息子で勘当されていたそうですが、さすがに実兄が亡くなって戻ってきたのですって。そもそもこの話、おかしいと思われません? わざわざ領主にお伺いをたてるほどの話ですか?」

「いや、だから些末事だと…」

「些末事をわざわざ訴える理由をお考えになられまして?」

「だから儂の許可が欲しいのだろう」

「そうですわ、領主の許可が欲しいのです。犯罪者を裁くと見せかけて、自分が温泉組合証の正当な持ち主だと、領主の後ろ盾があるのだと知らしめたいのです」


わざわざ強調して語られるので、さすがのワイナルドも察した。


「新町長は、認められていないのか?」

「前町長の嫡男を毒殺した噂に絶えない者だそうですわよ。ついでに評判も悪いですわ。町民には少なくとも慕われてはいませんわね。町長の座も脅して手に入れたようですし」

「調べたのか」

「あからさまに怪しいですから。調べてくださいと言われているようなものですものね。まあお優しいお爺様は疑いもなくあっさり認可しようとなさいましたけれど。ええ、本当に慈悲深いですわねぇ」


冷めた眼差しでにこりと微笑まれる。

なぜかバイレッタとアナルドの姿が重なる。

似ても似つかない二人だが、なぜか重なるのだ。血とは恐ろしいと、身震いする。


隠居して息子に家督を譲ればいいと親戚どもは口を揃える。

息子ではなく息子の嫁でもいいではないかと冗談交じりに告げられることもある。


だが、ワイナルドは領主にするなら目の前の孫娘だと思うのだ。

跡継ぎたる男児もいるが、なぜか彼女だと感じる。


孫は可愛い?

ワイナルドは何度目かになる問いかけに、返す言葉が見つからなかった。




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