閑話 優しい義弟でも無理(アナルド視点)

「あー、もう話が進まないから。大事な話があるんでしょうが」


モヴリスが笑いを引っ込めて真剣な顔をすれば、ベナードもはっと気が付いたように顔を強張らせた。


「ええと、僕は今、行政府の行政書士をしておりまして、こういう書類の精査を行う部署にいるのですが。行政府に昨日付けで提出された書類です。何か、諍いがあったのかと思いまして、こうして確認にまいりました。本当ならば義姉様に直接持っていこうと思ったのですが、屋敷がクーデター騒ぎに巻き込まれたと聞いて、こちらに直接うかがわせていただいたほうがいいと判断しました」


妹の婚約者は意外に優秀だった。見た目はなよやかそうな少年だが、随分と頭がいいらしい。家柄だけでは行政府は務まらないし、行政書士になるには試験が追加で必要だ。それに通っている証なのだから。


内心で感心したが、提示された書類の内容を見て、すべてが吹っ飛んだ。


「これは正式に受理されていますか」

「受付は別の者がしたので、承認書はこのように受け取りの印が押してあるのですが、正式ではありません。最終的に許諾の印を押して決定となります。今は確認のために一時止めてもらっているので決済中扱いです。ですが、この承認書の写しを届け出た者が持っているのです」

「届けた者は、誰かわかっているのか?」


ジョアンが思案顔で口を開けば、トレドは興味深そうに耳を傾けている。

ベナードがゆっくりと首を振った。


「確認しておりますが、軍人のようだったとしか聞いていません。ですから取り急ぎ、こちらに来たのです。レタ…バイレッタ義姉様が、貴方とどういう関係になりたかったのかは聞いていましたが、彼女はずっと自由になるとおっしゃていたので。それがまた新たな軍人と婚姻を結ばれることが腑に落ちなかったので。そのご様子では、中佐殿のあずかり知らぬことでしたか」

「そもそも妻はこの男を警戒しています」


書面に書かれた名前を見つめて、アナルドは吐き捨てた。

自分でも随分と苦い声に聞こえた。


「そういうわけで、向こうの狙いはどうやら君のようなんだよね」

「俺というより、彼女もでしょう」

「どういう作戦かは知らないけれど、君も無関係ではないんじゃなかな。メインが君で、バイレッタ嬢はついでといったところだろう。ところで、先ほどの君の要求だけれど、護衛は認めるよ。すでにこうして巻き込まれているわけだしね」

「ありがとうございます」


モヴリスに感謝を述べれば、彼は面白そうににこやかに笑う。


「しかし、君たち夫婦はモテて大変だねぇ」

「ご冗談を。望んだのは一人だけですよ。俺は妻だけに好かれれば、それでいい」


言い切れば、モヴリスは目を丸くして、爆笑した。


「頬を赤く腫らしながら言っても様にはならないよ」

「中佐殿の頬は、もしかしなくても彼女なんですか…」


モヴリスの横で、ベナードも苦笑した。

名前を呼ばないところに配慮がある。よほどバイレッタと親しい関係なのだろう。彼女の人となりは理解していて、あえて名前を出さない配慮がある。

彼は妻にとって優しい義弟のようだ。彼女の名誉のためにも黙ってくれている。

だからといって彼女の愛称を呼んでいいかというと、やはり許可できない。当人である妻が許しても、感情が無理だと言っている。


「バルトニア男爵、書類はそのまま止めておいてくれないかな。なあに、それほど時間はかからないから。さて、これでまた一つ証拠があがったわけだが、ここいらで我々も動くとしますか。奇しくも明日から議会の始まりだ」

「待ってました、大将!」


モヴリスが一同を見回せば、トレドが喜色満面に声をあげる。

帝国議会は四半期ごとに開催され、一月かけて討論が行われる。法律の見直しや、新制度の取り決めなどから帝政への訴状などをまとめる。

貴族ばかりで構成されている議会議員しか参加できないので、基本的には軍人は少将以上の権限がなければ議会に参加できない。

言い換えれば、少将以上の権限があれば、参加できるし、彼らが認めた者ならば付き添いも可能である。


議会に叩きつける訴状を今回、作成していたのだ。

部屋にいる全員が興奮するのも無理はない。

けれど、アナルドは一見冷静に見えた。

ひたすらに沈黙を守り、無表情だ。


だが、ぎらりと燃える瞳で、ベナードが提示した書類を見つめるだけだ。

彼の書類はアナルドとバイレッタの婚姻無効証と、そしてもう一枚。


バイレッタとヴォルクの婚姻許可証が握られていた。


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