第80話 母に似ている

母は子供心に美しい人だ。

その母に自分はそっくりなのだと、父も叔父も言う。二人は母を溺愛している。父は母の美しくたおやかな姿とおっとりとしているけれど芯の強い性格に惚れこんでいるし、叔父は母に育てられた恩があり、実母以上に姉を慕っているのだから。


母に似ているから、お前は可愛いのだと告げられる。

自分は母に似ているから、可愛がられるのだと早々に理解した。


二人の根底にあるのは母だ。

自分はその次。だからこそ、母が行わないような行動をとってみた。

剣をとり、商売を学ぶ。

けれど、二人はどこまでも自分の中に母を見る。バイレッタを否定することはないけれど、ふとした行動の一つ一つが母に似ていると相好を崩す。


昔からバイレッタの世界はとても窮屈で。

いつしか誰も自分を知らないところで生活してみたいと夢見るようになった。

恋に憧れる気持ちもある。けれど胸をときめかせるロマンスよりも、自由を。手に仕事をつけて、自立を。

渇望し続けて生きてきた。


父は帝国軍人らしい考えの持ち主だ。女子供は守られるべきもの、女は結婚して幸せになるべきものとの考えだったので昔からよく喧嘩になったものだ。愛情も感じているが、それは自分の幸せではないとずっと言い続けていても我儘の一言で片づけてしまう頑固なところは張り倒してやりたくなる。


だが、まさか反抗しつつ嫁がされた婚家が、思いのほか居心地のいいものだとは知らなかった。

義父は酒が抜ければ、使えるものなら使うというわかりやすいスタンスの人間だった。ありのままのバイレッタを伯爵家の利益のために使うと、嫁いできたのだから当然働けと告げるような人物だ。

傲岸と命じられたことには腹立たしくもある。

だが、スワンガン領地の経営は、商売とはまた違った視点で面白かった。

利益を度外視して造るものは、けれど人のためだ。公共事業というものは、莫大な予算をかけて最終的にはその土地を豊かにするためのものだと知る。

目先の利益ばかりを追っていたわけではないが、商売とはそもそも考え方が違う。弱者を救うための知恵が必要だ。だが、それでは他方が納得しない。利益を求める者たちからしてみれば、無駄な行いに映る。そんな金をかけるくらいならば、利益を得るように活かすべきだと主張される。

根本が違うのだと訴えても聞き入れられない。円満な解決策などどこにもないが、一部でも宥めるような策を提示しなければならないのは頭を悩ませつつ、愉快だった。頭を切り替えるのが楽しかったのは否めない。


欲が出たのかもしれない。

戦争は5年経っても終わる気配を見せなかった。

スワンガン領地の伯爵家主体の事業はあちこちで問題を含んでいたが、手探りでなんとか解決に導ける。やりがいはある。女であること、バイレッタの容姿もあまり注目されず、仕事に没頭できる環境は素晴らしかった。

もしかしたら夫はこのまま戻ってこないのかもしれない。

手紙も来ない、顧みられない妻だ。


だからこそ、バイレッタは考えた。

もしかしたら、このままスワンガン伯爵家の嫁のままで自由に生きられるのかもしれない―――と。

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