閑話 閣下を参考に(アナルド視点)

「そういえば、閣下の話はたいして参考になりませんでした」


明日は戦勝記念式典ということで、久しぶりに軍に呼び出されて上司であるモヴリスと打ち合わせをした。ひと段落した時に、アナルドは不意に言葉をかける。

執務机に座って書類で遊んでいた上司が興味深そうに顔を上げた。


「え、なに。面白そうだね、何の話?」

「女性の口説き方ですよ」

「ぶっ、君が? 一体誰を口説いたのさ」

「妻です」

「妻って、つまりバイレッタ嬢?」

「閣下に命じられて妻にしたのですから、忘れてもらっては困ります。容姿を褒めても、冷ややかな反応が返ってくるだけでしたね。贈り物も興味がないようでしたが、ひとまず用意はしました。甘い物は好まないようで菓子には反応が鈍く、花も送りましたし、評判の食事にも誘いましたが、どれも今一つの反応でしたよ」

「ああ、バイレッタ嬢はねぇ…手ごわいよね。そういうベタなの嫌いそうだし…というか、なんか僕が彼女に振られたような気持ちになるのはなんでだろう……バイレッタ嬢か、うーん…彼女を落とすのは容姿を褒めるんじゃなくて、もっと内面を褒めたらいいと思うよ」


百戦錬磨の上司は、少し考え込んだ後ににこやかに笑う。


「内面?」

「彼女みたいに自分の容姿が嫌いなタイプは、性格とか気遣いを褒めるほうが効果的だ」


モヴリスも父もなぜか彼女のことをよくわかっている。

なんとなく不快な気持ちになるのはなぜか。

頭の片隅で考えながら、アナルドは頷く。


「そうなのですね、参考にさせていただきます」

「君、そんなことでバイレッタ嬢との初夜はどうするつもりなの」

「いえ、もう済ませましたが」

「あれ、そうなの。意外だな、君もあまりそういうこと積極的じゃないだろ。いつも断り切れずに押し倒されているくせに。彼女も初めてだろうし、悲惨なことになりそうだけど」

「なので、それも閣下を参考にさせていただきましたよ」

「え?」

「いつだったか、ここで始めたことがあったじゃないですか。というか、この前もありましたよね。あれは統括管理部の補佐官と軍司令部のどこかのご令嬢でしたか…」

「職場ってなんか燃えるんだよね…そうか、それを参考にしたの。で、どうだった?」


とくに恥ずかしがることもなく、上司はにこやかに問いかけてくる。彼の場合は、職場に限らず軍の夜会や訓練中での官舎の中でも会議室でも所かまわずに盛っているので濡れ場を目撃しないほうが珍しいのだが。


こういうところが悪魔だとささやかれる所以だろうか。


アナルドはふむと考え込む。

あの夜のバイレッタはひどく煽情的で、妖艶で。

楽しんでいたのかと聞かれれば、楽しんでいたのではないかと思われる。

それ以外にも、いつ仕掛けても口では文句をいいつつも、アナルドに押し切られている。一応、彼女が心底嫌がっているときは控えるようにしているのだが。


淡泊な自分が、溺れるほどには楽しい時間をお互いに過ごせているのではないだろうか。

だが詳細を伝えるのもなんだかおもしろくない気持ちがして、上司をまっすぐ見つめる。


「そういえば、閣下は昇級されるのでしたね。おめでとうございます、大将閣下。どういうお気持ちでいらっしゃいますか?」

「君、本当に性格悪いよね…なんだよ、少しくらい部下の楽しい話をきかせてくれたっていいだろうに。独占欲強いなあ」


独占欲とはどういう感情だろうか、とふと疑問に思ったがつついたところで上司にからかわれるのは目に見えているので、それ以上は黙るのだった。


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