閑話 神秘的な妻(アナルド視点)

朝の柔らかな陽光の中で見る彼女は、夜とはまた違った妖艶さがある。

寝間着姿という簡素な格好は、色気が駄々洩れだ。朝の爽やかさの中に妖しさを秘めるとはなんとも複雑さを醸し出している。

人の美醜にあまり興味はないと思っていたが、彼女はなんとも神秘的だ。


先ほど絵姿で見た勝気な少女と色彩は同じだ。アメジストの瞳に、食べたくなるほどおいしそうなストロベリー・ブロンドの艶やかな髪。だが少女はすっかり大人の女性へと変貌を遂げていた。妖しさと清純さという相反する美を醸し出しながら。


なるほど、これでは噂されるのも頷ける。

アナルドは純粋に妻に見惚れつつ、彼女の噂を思い出す。

報告書には数々の男を相手に遊び尽くした妖艶な妻の姿が書かれていたが。

単に相手にされなかった男たちの嫉妬も混ざっているのではないかと推測できた。

むしろ、今までよく無事だったと感心する。


噂が先行して手を出す勇気がなかったのか。だが噂があれば、好んで男たちが手を出しそうだ。

ということは父と彼女の叔父が守っていたのか。

あの父が意外なところで役立つものだ。

先ほど怒られたときも彼女に近づいてきた若造を苦々しく思いながらもどのようにして追い払ったか、滔々と語られた。


「あ、ああ、起きていたんですね」


父の苦労に思いを馳せる自分など今まで想像もできなかったが、なんとも複雑な心情に包まれる。

戸惑いつつ声をかけると、存外しっかりとした声が返ってきた。


「ええ。すっかり寝坊してしまいました。申し訳ございません」

「え、いえ。その…無理をさせたのは俺なので…体は大丈夫ですか」


責めたつもりはないが、頭を下げた彼女に昨晩の痴態が思い起こされて、なんとも言えない気持ちになった。

自分は淡泊だと思っていたが、すっかり夢中になってしまったことにも羞恥を覚える。童貞でも若くもない癖に、彼女が呆れないだろうかと思うとうまく言葉が出てこない。

それに腹立たしくも思っていたので、随分と乱暴に抱いてしまった。

それが自分の性癖だと思われるのもなんだか居心地の悪い想いをする。


通常と不快くらいしか感情の揺れのない自分に、いろいろな感情を味合わせてくれる妻だといっそ感心するほどだ。だが自分らしくもなく、制御することも難しい。


「お気遣いいただきまして、ありがとうございます。着替えてもよろしいかしら?」

「もちろん、どうぞ。下に朝食の準備もできていますよ」

「ありがとうございます、ではお言葉に甘えさせていただきますわ」

「…………」


彼女の様子からは、嫌悪や怒りの感情は見えない。つまり、今すぐ賭けを破棄して出ていくということはないようだ。

ちらりと視線を向けられて、不動の心臓がどくんと脈打つ音を聞いた。

体が勝手に熱くなる。


「あの、着替えたいのですが…」

「あ、ええ。そうですね。では下で待っています」


アナルドは自分の体の変化に目を瞑るように慌てて部屋を後にするのだった。

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