第16話 盗賊の正体

ひとまず蔵の火を家人たちとともに消した。

家の者にはバードゥのことを話していなかったので、皆、無事に戻ってきた彼を喜んで迎えた。

随分と戸惑った様子の執事頭を見る義父が、不機嫌そうな顔をしているので、純粋に良かったとは言えないのかもしれないが。


夜も遅いこともあり、その場はお開きとなった。

一応、夜盗として現れた男たちは領主館の地下牢に閉じ込めてある。

村で犯した犯罪人を閉じ込めるためのものだが、それほど広くはない。

そんな場所に15人ほどの夜盗が押し込められているのだから、ぎゅうぎゅうだ。

ちなみに、バイレッタが昏倒させたのは三人、義父は二人だ。残り十人をラスナーが捕らえたことになる。確かに凄腕だ。


後は義父の采配に任せて、与えられた部屋へと戻る。バードゥはバイレッタが突きつけた要望を元に義父と話をしているようだが、若い娘に睡眠は非常に大切だ。早々に引き上げさせてもらった。

寝間着に着替えてベッドに入れば、心地よい睡魔に囚われた。襲撃に備えるため、浅い眠りが続いたので早々に片付いたことに安堵する。


ぐっすりとはいかないが、一眠りして起きると義父に呼び出された。

話し合いの始まりだ。粗方の予想はついているのだが、相手の反応は些か読めない。


応接間に顔を出すとすでに顔ぶれは揃っていた。

義父、バードゥ、ラスナーに盗賊団のリーダー格の男だ。

男は赤みがかった髪色をして、やたらと目付きが鋭い。破落戸などの落ちぶれた雰囲気はなく、目に光がある。

バイレッタが部屋に入ると、一斉に視線が集まったが、できるだけ気にしないように歩く。


「遅れまして申し訳ありません」


立っていたラスナーの案内にしたがって、義父の隣に座る。


「お前の話は一通りした。なぜ、盗賊たちが隣国所縁の者だと思ったのか質問されたぞ」

「あら、もう話してしまわれたのですか?」

「そうでないと交渉の席には着かんと、この男が言うのでな」

「ゲイル=アダルティンと申します、元ナリス王国重機部隊の補給部隊長を務めておりました。牢にいるのは私の元部下に当たります」


ナリス王国はスワンガン領地と東に接している隣国だ。30年ほど前には戦争をしていた相手でもあるが、今は和平条約を結んでいるので穏やかな関係を築いている。だからこそ、義父は領地に戻らず王都で飲んだくれる生活ができていたとも言える。


そもそもナリス王国は現在北隣のヤハウェルバ皇国ともう10年ほど戦争中だ。そちらに掛かりきりで帝国に目を向ける暇がない。

うちも南部ではドンパチやっているので、批難できるものではないが。ただし、ガイハンダー帝国が戦争をしているのは、国境線を勝手に越えて侵入してきた相手が言いがかりをつけきたからだが、ナリス王国の戦争は少し赴きが異なる。

皇国から嫁いできた王女をナリスの国王が毒殺したため、私怨を晴らすための戦争だということになっている。表向きは。


赤みがかった髪色に茶色の瞳は帝国でも見慣れた色であるので、容姿で隣国の者と判断することは難しい。

確かに事情を知らなければ、単なる穀物泥棒扱いしていただろう。


「そうですわね、どこから話せばよろしいかしら。私は『タガリット病』を知っているのです」

「なぜ、貴女がその病気を…!」


一瞬でゲイルの表情が変わる。一方でガイハンダー帝国に住む者はピンときていない顔だ。バードゥだけは事情を聴いているのか、神妙な顔で俯いている。

ゲイルが驚くのも無理はない。ナリス王国とヤハウェルバ皇国が必死で隠している国家秘密だ。むしろ彼が知っているということは、なかなかの地位にあったという裏付けでもある。基本的には王族に近い者たちしか知らない情報の筈だ。

義父にもわかるように、バイレッタは知っていることを説明する。


「『タガリット病』は和平のためにナリス王国に嫁いできた皇国の王女の名前からとられた病名です。発熱と下痢を主症状にし血便が出ます。稀に神経障害なども伴います。重症化すれば死に至る確率が高く、今ナリス王国で流行っていますが、基本的にはヤハウェルバ皇国の風土病でした」

「そうです。王女が感染していて、わが国に持ち込んでそのまま御罷られた。毒殺といわれていますが、病気だったのです」


絞り出すような声だった。

怒りか、僅かに震えているゲイルはずっとやりきれない想いを抱えていたのだろう。それほど年齢を重ねていないように思えるが、長年の疲労が溜まっているせいかずっと年上にも見える。


「嫁いですぐに単なる病気で亡くなれば多少の嫌がらせかもしれませんが、これ程大事にはならなかったでしょう。もしくはたまたま不運が重なったと終わる話でした。それが戦争にまで発展したところにこの病気の恐ろしさがあります。感染率が恐ろしく高く、飲み水や食べ物にも感染するのです。王城から王都、町へと広がったんですね?」


こくりと一つ頷いて、ゲイルは震える声で語りだした。


「治療法もなく、人が倒れる。恐ろしい速さで病は広がり、国に蔓延しました。けれど王女が原因だと告げることはできませんでした。和平のために嫁いできた王女が悪意を持って嫁いできたなどと告げようものなら、さらに国が混乱するだけですから。だが恥知らずなヤハウェルバ皇国は王女を毒殺しただのと言いがかりをつけてきたのです」


そうして和平のための婚姻が、泥沼の戦争へと向かっていく。


「ところがヤハウェルバ皇国には病気は広がってはいないのです」

「どういうことです。風土病だと貴女が言ったのでしょう?」

「風土病だからです。あちらでは、人が死ぬ前に対処できる。というか、そもそも重症化しないのです。ですから、王女が殺されたのだと思われたのですよ。健康的な年若い少女が突然死すれば、毒としか考えられませんから」

「対処法があるのですか!?」


ゲイルが体を前のめりにしながら、食いついてきた。ろくな治療法がないと思っていたのだから、こんなところでわかるのかと半信半疑だろうが、藁にもすがる思いなのだろう。


「あります。そもそもヤハウェルバ皇国とはうちも国境を接しています。ですが、ガイハンダー帝国でそのような病が流行ったと聞いたことがありますか?」

「多少、腹は壊すだろうが、死ぬことはないな」


義父が首をかしげて考えながら、言葉を吐く。


「つまり、うちとヤハウェルバ皇国で食べているもので、ナリス王国では食べられていないものがあるのですよ。それが、重症化しない理由です」

「…魚、ですか…?」


呆然と、ゲイルが答えた。

バイレッタはこくりとうなずいて見せる。


海に面しているのはガイハンダー帝国とヤハウェルバ皇国だ。だが、ナリス王国は内陸国であり山岳地帯だ。魚は隣国に接していれば食べるかもしれないが、山間にある王都周辺では見かけることも少ない。


「今回効果が得られたのはとある魚で作られた魚醤ですけれど。食べる習慣がないのは同じですよね。ですから、感染者が触れていない穀物にはなんの問題もないのですよ、ゲイル様」

「まさか、そんな…」


呆然自失の体のゲイルの横で、義父が訝しげに周りを見回した。


「話が見えないんだが?」

「最初の5、6年ほどはバードゥさんの単独行動ですね。主に災害に遭われた地域へ支援できるように多めに蓄えておいたのでしょう。数字が小さいですからね。ただ近年の消える量は異常です。これほどの量など簡単に取引できるわけがありません。つてがいるんですよ、商売するにしてもね。ですが、個人の商いにも限度がある量以上を盗られている。最初の2,3年で様子を見て、いけると踏んだんでしょう。残りにごっそりと穀物を奪っていますから。これだけの量を必要とするにはただ事ではありません」


伯爵が領地に寄り付かなくなって15年だが、穀物が消えたのは直近3年が最も多い。ゲイルたちが絡みだしたのが、その頃にあたるのだろう。


「ただ、その穀物の行先が隣国だと聞いて不思議だったのです。ナリス王国は穀倉地帯でしょう。本来ならば、単なる穀物などそれほど必要とはしない。売れる物でもないのに、流れているのですから。病気が流行って自国の穀物への不信が高まったのですね?」

「その通りです。食べ物で病気が広がったので、根強い不信から自国の作物を信じられなくなってしまったのです…結果、誰も国内の作物には手を出したがらなくなった。自国の作物が余っているのに他国から買い入れすれば怪しまれて病気がばれますから、国は病気を隠すために国民に自国の穀物を食べることを強いました。民は病気になると分かっても言われるまま食べるしかなかったのです…そうして幾人も死んでいきました。今牢に入っている連中は病で家族を亡くした者たちです。国のやり方に我慢ができず、少しでも他国からの穀物を買い付けようと流れてきたのが私たちです」


そうして、このスワンガン伯爵の領地に流れ着いたのだろう。

これが盗賊の正体だ。










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