第15話 どうせなら可憐な姫を助けたい

カンカンカンっと鐘を激しく叩く音に気が付いて、バイレッタは素早く寝台の上で身を起こすと、傍らにたてかけていた剣を掴んで廊下に飛び出た。

服は寝間着ではなく、簡素なドレス着だ。

ここ数日はずっと普段着で寝ていたので、ようやく終われるのだと思うとどこかほっとする。


時間は真夜中だろう。うっすらとした月明かりの僅かな光だけで、すっかり慣れた廊下を進む。

庭にも屋敷の中でも争うような音が、あちこちから聞こえてくる。


裏手の蔵に火が上がった。

屋敷には燃え移らないように、注意したいところではある。


心配しながら、進むと向かってくる男と出くわした。自分に向かってくるくらいだから侵入者だろう。

迷わずに斬り捨て、目的の部屋に飛び込む。


「ご無事ですか?!」

「随分勇ましいな。お前は騎士にでもなるつもりか」

「あら。どうせなら可憐なお姫様を助けたいものですが…そのようなお口がきけるのでしたら無事ということですわね」


飛び込んだ義父の部屋では、二人の男が切り伏せられ床に転がり、もう一人の男が頭を抱えて蹲っている。


「ど、どういうことだ?! 旦那様が、これほどの手練れなわけが…」

「帝都での悠々自適な生活はこちらまで伝わっておられるのねぇ」

「うるさい、貴様は少しは静かにしていろ。バードゥ、申し開きはあるか?」


剣先を喉に突き付けながら、義父が男を睨み付けた。


「旦那様が領地を省みないから悪いのではないですか! 不作になっても、橋が壊れても、村が泥水にのまれても、穀物を強奪されてもお前たちでなんとかしろと仰られるばかり…私は出来る限りのことをしただけです」

「それが、悪党と手を組むことか」

「そうでなければ、奪われるだけでした。彼らにも生活がある。取引をすれば、無茶なことはされませんよ。私は後悔しておりません」


きっぱりと告げた元執事頭の男に、バイレッタは同情する。


「どう考えても悪いのはお義父様ですよ? むしろ彼はよくやったほうでは?」

「最終的に悪党の手引きまでして儂を殺しにきている時点で、救う価値はない」

「あなたが都の騎士を差し向けるなどとおっしゃるから、彼らも逃げられないとふんで直談判に来ただけです! 命まで奪うつもりはありません」

「あ、それは単なる噂です。貴方たちに領主館に来ていただけるように仕向けただけですわ」


ふふふ、と笑えば愕然とした顔を向けられた。

村々に視察でまわりがてら、聞き込みをしていると夜盗らしき男たちを見たとの目撃情報が多かったので、領主が都の騎士を派遣して討伐してもらえるように頼んでいると話していたのだ。

それを彼らは耳にしたのだろう。

さすがに都の精鋭騎士が討伐に来れば、逃げることは難しいことくらい向こうもわかっている。


義父が眉間の皺を深く刻み込んで、吐き捨てる。


「馬鹿者が、小娘の策に踊らされおって。お前たちが現れなければ忌々しい一筆など書かずに済んだというのに」

「あら、お義父様に乞われたから対策を授けてきちんと応じましたのに撤回されては困りますわ。約束は約束ですわよ?」

「あ、あの…噂ってことは嘘なんですか…?」

「領地の醜聞をわざわざ広めることなど自尊心の高いお義父様がなさるはずありませんでしょう? 散々領民を放っておいてプライドなどと可笑しな話ではありますけれど。内々の処理で手打ちとするそうですわよ」


バードゥは瞬きを繰り返し青い顔で義父を見上げた。


「だ、旦那様…あの、こちらの方は何者なんですか…」

「これは息子の嫁だ。貴様が老獪なせいで、要らぬ恥ばかりかく。バードゥの顔を見ろ、まるで化け物にあったかのようではないか」

「あら、お義父様。可憐な小娘に対してのおかしな比喩が聞こえましたわね? 恥ずかしがらずに感謝の言葉を述べていただいて結構ですわよ」


小首を傾げて見せれば、義父は苦虫を噛み潰したかのような顔をした。


「つべこべ言わずにさっさと動け。時間は限られているのだぞ」

「あら、ご機嫌斜めですこと。これ以上怒られないようにいたしますわね。では、ええとバードゥさん? とりあえず、こちらの要望は三つですわ。一つは盗んだ穀物の行方、一つは盗賊たちの正体、一つは蔵の火消しです。優先事項は火消しですので、後の二つは終ったら、盗賊の方たちを交えてお話いたしましょうか」

「は、は? ええと…?」

「馬鹿者、さっさと動いて火を消してこい!」


きょとんとするバードゥに、焦れた義父が一喝するのだった。

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