第23話 8年越しの初夜

「賭け、ですか?」


戸惑いつつ尋ねたバイレッタに、アナルドは小さく頷いた。


「ええ。貴女が勝てば離婚に応じましょう。ただし、俺が勝てば一生妻でいてもらいます」

「殿方は本当に賭けごとがお好きなのですね。生涯のことをそんなお遊びでお決めになられる……」

「では、止めますか。貴女は籠の鳥のまま、俺に囲われて終わるだけですよ」


男というのはどうして主導権が自分にあると思いこめるのか。

傲慢なセリフにあきれ返りつつも、結局女という立場にある自分には選択権などないにも等しい。

これまで積み上げられてきたバイレッタの矜持に密かに火が灯る。


「どちらを選んでも自由がないのなら、足掻きますわ」

「ふっ、それでこそ貴女だ」


今が初対面のはずだが、彼は自分の何を知っていると言うのだろう。それほど底の浅いつもりはないのだが。

苛立たしさを隠して首を傾げて見せる。


「それで賭けの内容は?」

「人生を賭けるのだから相応のものでいかがでしょう。一月、俺が貴女を抱いて赤子ができるかどうか、というのは」

「なっ」


さすがのバイレッタも言葉に詰まった。

今まで後生大事にとっておいたというよりも興味もなくこの年まで来てしまった。さすがに生娘というには薹が立つ年齢だ。だが実際に生娘なのだから仕方がない。だが、愛してもいない男に肌を許せる訳もない。それが賭けごとならば尚更だ。

しかも、子どもとは。

生まれてくる命の扱いのなんと軽いことか。戦争をしていると兵の数は命でなく単なる数字に思えるという。長引く戦火に彼の感覚が麻痺しているのか。それとも元々の性格だろうか。


一方で、一月我慢すれば自由になれる、と囁く声もする。

赤子が一月抱かれただけでできるかどうかはわからないが相手に分の悪い賭けであるようにも思われた。

子供が欲しいと嘆く夫婦の話はちらほらと聞く。

これは夫なりの最大限の譲歩なのでは、と脳裏に浮かぶ。


「どうされます? 俺は貴女が手元にいるというのだから受けなくても構いませんが」

「内容を再考いただくわけにはまいりませんわよね?」

「多少のリスクは覚悟の上なのでは?」


なぜ妻にリスクを問うのか。問う時点でおかしいと疑問にも思わないのか。

引っ掛かりはするが自分は商売人だ。

商いをする上では、確かにリスクを覚悟している。だが、回避できる手立てを打つのが一流の商人だ。吟味する時間もないうえに、目の前の男が意見を変えないだろうことは容易く予想できた。


「わかりました、一月ですからね。約束は守って下さい」

「ええ、守りますよ。なんなら、念書を書いてもいい」

「では、ご用意していただけますか」

「わかりました。では了承と受け取りますよ」


彼はそういうなり突然、自分の上に覆いかぶさってきた。


「な、なんです?」

「賭けの始まりですよ。まずは初夜といきましょうか」

「しょ、初夜?! まだ念書をいただいておりません!」

「でも申し出を受け入れてくれたでしょう。どうせ今やっても後でやっても、やることは同じです」

「や、やるって…きゃあっ」


文句を言おうと思えば、あっさりと寝着の合わせを広げられた。

まろびでた乳房にカッと顔に熱が集まる。


「何するのっ」

「妻の体を確認しているだけですよ。思ったよりも綺麗な体ですね。ほら、隠さないで」


夫が胸を隠していた腕を外して頭の上でまとめてしまう。暗いと言ってもカーテンごしに差し込む月の光や廊下から漏れる光で十分に視界は利く。隠すこともできずに上から下までじっくりと眺められて、羞恥がいや増す。


「腰はこれほど細いのに、なんとも豊かな胸ですね。これで何人の男を誘惑したのやら…」


どういう意味だと問う間もなく、夫はぱくりと胸を咥えた。

胸の先を口で含んだアナルドはそのまま強く舐めとる。手で揉みながら口で交互に与えられる刺激に自然と甘い声がこぼれた。

赤子に与える乳に男が吸い付いている姿は、ひどく淫靡に見える。


立ち上がった頂きを見せつけるかのように舐められ、時折歯で食まれる。ピリッとした刺激が、腰に響く。なぜか股の間がじんわりと濡れるのを感じる。

初めて感じる愉悦に戸惑いながら、必死で体を宥めるが全く効果はない。


「待って、アんん…待って…変なの…」

「感じているだけですよ。素直に悦がってください」


胸を食みながら、ゆっくりと縋るように降りていく手に全身が戦慄く。胸も臀部も撫でられ甘い声が止まらなくなる。

初めて体を触られているというのに、抵抗らしい抵抗もほとんどできない。

未知への恐怖を感じるかと思えば、そういうこともなくむず痒くなるような感覚に襲われるだけだ。

混乱する頭は次第に靄がかったように働かなくなる。自分に裏切られたかのようなショックを感じたような気もするがすぐに思考は千々に乱れた。

彼の手も舌も信じられないほど気持ちがいい。体中をぞくぞくとした快感が走って囚われる。


そのまま彼の手が細い脚を持ち上げてゆっくりと開かせた。大きく足を広げられたせいで秘部を晒しているのに頭がぼんやりとして彼のなすがままだ。


「いい子ですね。ほら、舐めて」


口元に彼の細くて長い指が付きだされた。夢うつつのようなぼんやりした頭では言われた通りに舌で舐めとってしまう。それだけなのに、心が不思議と高揚してくる。

夢中になって舐めていると、ふいに指が引き抜かれた。


「ん…むあっ」

「そんな物欲しそうな声を上げなくても、すぐに満たしてあげますよ。ほら、こちらの方が良いでしょう?」


唾液で濡れた指を足の付け根にもっていき、うっすらと濡れた蜜口を撫でられる。それだけで奥に小さな火花が爆ぜた。


「あっ、んんっ…なにっ」

「初心な振りなどしなくても、きちんとしてあげますよ。ほら心地いいでしょう」

 

指が上下に動かされるだけで体の奥の熱がどんどん大きくなる。溢れ出した蜜は彼の指に絡まりぐちゅぐちゅとした音を立てる。得も言われぬ愉悦が広がり、顔も声も蕩けさせていく。


「ああ、はぁア…あんっ」

「淫らな体だ。指ですらこれほど締め付けるのですから。ほら、物足りない顔をしてないで、欲しいのは奥ですか」


激しく指を奥まで押し入れられて、抜き差しされると声が抑えられなくなる。ひっきりなしにあがる嬌声に彼は口の端を持ち上げた。


「思う存分に乱れて構いませんよ、俺に貴女という妻の姿を教えてください」


こうして8年越しの初夜はゆっくりと過ぎていくのだった。




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