FILE4 遊殺 6

 地下室へ続く階段から、凄惨な悲鳴が絶えず漏れてくる。

 男のものと女のものであることがかろうじて判るが、時間が経つにつれて判別が曖昧になってくる。

 ――酷い死臭だ。

 思わず鼻に手をあてがい、眉を顰める惨殺。

 人の死ぬ臭いとはどうしてここまで醜悪なのか。

 美しく殺すのならばまだしも、遊殺の殺害はあまり美しくない。

 美しいものは好きだ。

 逆に、醜いものは嫌いだ。

 殺人鬼になったばかりで、右も左も分からぬ状態である自分は、もっと殺人鬼を知るべきだと考えた。考えた先に、ほかの殺人鬼の手腕をこの目で見て学ぶのが最も効率のいい方法だという結論に至る。

結果、遊殺の殺害を間近で観劇することにした。しかし、あまりの醜さに耐えかねて出てきてしまった。

 どうして遊殺はあの醜悪に耐えられるのだろう。

 ――いや。

 ぼくが堪え性のないだけか。

 殺人鬼になったばかりで、神経が過敏になってしまっただけだろう。

 ならばいつか、この死臭にも慣れるはずだ。

 死臭さえも美しいと思う日が来るかもしれない。

 だったらその日を待てばいい。

 死臭を美しいと思える日を。

 死臭を美しいと思えたら、きっとあの人に近付けたことの証明のひとつになる。

 血の臭い。

 臓物の臭い。

 排泄物の臭い。

 悲鳴。

 嗚咽。

 混沌。

 混濁。

 醜悪だ。

 目を覆いたくなるくらい、醜い。

 鼻を塞ぎ、耳を塞ぎ、全身の五感をすべて排除しても、付きまとう。

 けれどあの人は。

 ぼくが憧れる、生まれて初めて美しいと思えたあの人は、きっとこの醜悪さえ美貌に変えて見せる。

 血も、臓物も、排泄物も、悲鳴も、嗚咽も、混沌も、混濁も、醜悪も。

 すべて呑み込んで覆い飾って、美しく彩ることだろう。

 ぼくはあの人の、そんな美しさに惹かれたのだ。

 しかし、遊殺の殺害方法はどうにも好きになれない。

 ――まだぼく自身が幼いだけかもしれないけれど。

 おそらく、遊殺と気が合う日が来ることはないだろう。

 それでいい。

 みんな違うのだから。

 美しく殺すのはぼくの領分で、遊んで殺すのが彼女の領分だ。

 幼子の遊戯に美しさなど邪魔でしかない。

 それでいい。それでいいのだ。


 ◆◆◆


 午後三時。

 屋敷のリビングルームに殺人鬼たちは顔を揃えて座っていた。

 大テーブルに並ぶのは、彩り豊かなケーキやお菓子。子供の日に食べるちまきや柏餅。どれも味が最高のものであることは、食事する彼らの表情を見れば明らかだ。

 食器の触れ合う音は軽快で、持つ者の心象を表現している。

「美味しいですか、遊殺さん」

 大テーブルの誕生日席に座り、数多くのケーキを前にした遊殺は、謀殺の問いに満面の笑みで答えた。

「うん! 美味しいよ!」

「それはよかった」

 クリームや食べかすを頬につけ、幼くも恐ろしい殺人鬼はにっこりと。

「パパとママを殺したあとだから、特に美味しい」

 そしてまたケーキを口に運ぶ遊殺の背後には、血で描かれた十字架と、カーテンに有刺鉄線で遊び、飾り立てられた、それぞれ片目を失った、人間の標本があった。

「随分遊んだね、遊殺?」

 にやにやしながら扼殺がハンカチで、遊殺のクリームや食べかすでべちゃべちゃの頬を拭う。

「うん、だって、久しぶりにパパとママと遊べたから」

「赦してくれって、言われなかったの?」

「言われたよ」

 思いを巡らせるように目を閉じる。

 やがて隻眼を開いて、

「でも容赦なんてしなかったよ」

 幼く、妖しく、破顔した。

「だってあたしは、殺人鬼だもん」


 ◆◆◆


 遊殺という殺人鬼はどんな殺人鬼なのか、それは誰にもわからない。

 遊殺にしか、わからない。


                             FILE4 遊殺 完

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