殺人記

巡ほたる

FILE1 毒殺 1

 ラジオのアナウンサーの声が、無機質な部屋にこだまする。

『――発見された遺体には外傷がなく、並べられた食べ物の腐敗具合から相当な時間が経っていると見られ、警察は――』

 先日から同じようなニュースばかりで、世の退屈さを物語っているようだ。もう少し面白味のあるニュースはないものか。

「そう思うのは貴方だけだと思いますよ」

 向かいの男はコーヒーを口に含みながら微笑した。

 見る者すべてを安心させるような安定感のある笑顔である。いかにも紳士然とした、見るからに高級そうなスーツを着ている。銀縁の眼鏡をかけ、彼は言葉を続けた。

「この世が退屈なわけがありません」

「……そうですか」

 受け答えるのは、艶のない黒髪の男である。

黒く淀んだ瞳をしている。寝不足なのだろう、眼の下には濃い隈ができていた。向かいの男とは打って変わって、彼はラフなTシャツにジーパン、その上に白衣を羽織るだけという出で立ちだ。ぼさぼさとした髪が目元まで伸びているので、重苦しい雰囲気が目立つ。

「俺に言わせてもらえば、この世が退屈だから俺たちみたいなのが蔓延るんでしょう」

 平和な国とは――よく言ったものだ。

 退屈そうに、そう呟いて。

 白衣の男は溜息をついた。

「私に言わせてもらえば、この世が退屈ではないから私たちみたいなのが蔓延るのですよ」

 平和な国とは――もちろん言えませんが。

 微笑みながら、そう呟いて。

 スーツの男はコーヒーを飲んだ。

「貴方も一杯どうですか?」

 スーツの男が、白衣の男にコーヒーを勧める。

「………………」

 白衣の男はそれを一瞥して、ゆっくりと眼を閉じた。

「青酸カリですか」

「まあ、そうです」

「俺にそんなもの勧めても無意味ですよ。青酸カリは口に含んだら口内に激痛が走るんです。味も最悪ですしね」

「ああ、そうなんですか」

「ミステリーなんかじゃ定石のやり口ですが、現実的には無理な話ですよ」

「それは残念です」

 スーツの男は、差し出したマグカップを置いて微笑んだ。白衣の男も、思わずその笑顔に騙されそうになるが、溜息によって勘違いを振り払う。

「同胞を殺そうとするなんてひどいじゃないですか」

「青酸カリ程度で死ぬ貴方ではないでしょう」

 にべもない答えが返ってきた。逆に信頼の表れでもあるが。

 この研究室には青酸カリなんかよりももっと強力な劇薬がごまんとある。いや、青酸カリのように殺害に向いていないものはない。どれもこれも殺害にのみ特化したものばかりである。

「殺害にのみ特化した劇薬を作る研究室。ふふ。いいですね、とても、殺人鬼らしい」

「………………」

「貴方があのまま医学の勉強を続けていたら、きっと素晴らしい医者になっていたでしょうに」

「それを言うのは筋違いってものでしょう」

 白衣の男は強い語調で反論する。

「クラブに――この世界に俺を引き入れたのはあんただ。そんなあるはずのない未来の話なんて、聞きたくもありません」

「その言葉にはいささか語弊がありますね」

 スーツの男は気にする風もない。

 ただただ微笑を湛えて、安心感をもたらす声音で語るだけだった。

「私はこの世界に貴方を引き入れたつもりはありませんよ。ただ、『貴方の能力はこんな使い方ができるのですよ』と誘ったにすぎません。その誘いに乗ったのは貴方です。貴方はいくらでも、引き返すことができた」

「引き返す?」

 白衣の男は嘲笑を含んだ息を吐いた。

「引き返す意味なんてないでしょう。俺だって望んで殺人鬼になったんだ。わざわざ退屈な世界に戻る必要なんてない」

「では――こちらの世界は退屈ではないと?」

「こっちに来て退屈だったことはありませんね」

「それはよかった」

 スーツの男は満足げに微笑んで、席を立った。

「明日、屋敷で会合を開きます。よければいらしてくださいね。みなさん、先日の貴方の活躍を聞きたいでしょうから」

 ラジオで流れる事件のニュースに耳を傾ける。

 一家全滅を淡々と語る、ラジオの声。

「遺体から毒素の検出もされないなんて、素晴らしい毒薬ですね」

「まあ、毒の成分から足がついちゃ困りますから」

 白衣の男はガスマスクを装着しつつ、呟く。

「会合は……考えておきます」

「楽しみにしていますよ――毒殺さん」

 スーツの男は瞳を鋭くさせて、静かに白衣の男――毒殺を捉えた。

 どうせあの手この手で参加させるつもりなのだろうから、抗うだけ無駄だろう。

「じゃあ、適当に手土産でも用意しておきますよ。舞台でも誂えておいてください、謀殺さん」

 部屋から出ていくスーツの男、謀殺の背中へ向けて、声をかけた。

 謀殺は振り返ることなく部屋から出る。彼の口元には、うっすらと凍えるような笑みが張り付いていた。


 ◆◆◆


 もちろん、彼の名前が『毒殺』というわけでは、断じてない。

 彼のコードネームのようなものだ。

 名前だってちゃんとあった。――昔は。

 もうその名前で呼ばれることもないし、名乗ることもない。

 本来の名前を忌々しいとは思わないが、こんなひとでなしに親から貰った最初のプレゼントを名乗るのはおこがましいと感じる。

 自ら望んで堕ちた道ではあるが、後悔がなかったとは言い切れない。

 両親を、祖父母を、……妹を。

 恋しいと思ったことは、何度もある。

 けれど、もう、叶わない夢だ。

 殺人に魅せられた自分は。

 毒に侵された鬼は。

 戻れない。

 戻る気もない。

 贖罪のチャンスはとうの昔に逃した。

 逃したチャンスを悔やむ気持ちさえ起きない。

 遅いのだ。なにもかも。

 遅すぎた。なにもかも。

 だったら、悪に手を染めたのは必然だったのかもしれない。

 笑顔の殺人鬼に唆されるまでもなく、自分はこの道に堕ちていたのかもしれない。

 この『殺人鬼クラブ』に入っていなかっただけで、結局、やることは一緒だろう。

 殺すだけだ。

 初めて人を殺したときのように。

 最後に人を殺したときのように。

 なにも変わらず、殺し続けるだけだ。

 いままでも、これからも。

 毒を以て毒を制す。

 これが彼の信条だった。


 ◆◆◆


 殺人鬼クラブ。

 ある一定のラインを越えた殺人鬼が集まる、狂気のクラブ。

「ぼくはまだ新参者ですから、詳しいことは知りませんが」

 傍らの少年はジュースのグラスをゆらゆらと弄びながら問う。

「その『一定のライン』の、定義はなんですか?」

「さあ」

 少年の問いに、無気力な声で答える毒殺。

「あの人の考えることは俺にもわからん。もしかしたら殺した人数かもしれないし、殺人のスタイルかもしれない。実際は言ってるだけで定義なんざ定めていない可能性だってある」

「謀殺さんに限って、そんなことありますかね?」

「ないとは言い切れないだろ」

「………………」

 返答はなく、ただジュースをストローですする音が聞こえる。

 聞こえるのは、それだけではないが。

「聞いたか、この間の殺害事件は、銃殺嬢の犯行だそうだ」「扼殺と絞殺の活躍はいつ聞いても素晴らしいな」「また後始末だって? きみも忙しくなったね」「嬉しい悲鳴ですね」「ああ、酔っぱらってきた」「謀殺氏の用意する酒はいつも美味だからな」「今度の予定は?」「次はあの会社のふんぞり返っている狸おやじを引きずり降ろそうと……」「暗殺でしたらこちらで引き受けますよ」

 会合というより、もはやパーティのようだ。

 日本国内だというのにヨーロッパでも旅行しに来たのではないかと錯覚する。

 屋敷自体が西洋の建物と見紛うようなものだ。これで数ある別荘の内のひとつでしかないと言うのだから恐れ入る。

 ただの一般家庭にいたころだったら確実に、足を踏み入れることなく人生をまっとうしていたであろう屋敷に、愚かしくもこうして存在している事実について、思いを馳せる。

 まあ、幸運というか、いい思いをしているのは確実だろう。

 申し分ないどころか、申し訳ない。

 自分がこんなにいい思いをしていいのだろうか。

 とさえ思う。

「別に、気に病む必要なんてないと思いますよ」

「お前には心を読む能力でもあるのか?」

「ありませんよ、失敬な」

 少年は唇を尖らせる。

 そんな少年を、毒殺は眼の端で捉えた。

 美少年。

 としか、形容できないほどの、子供。

 子供の、殺人鬼。

 ――たしか、最年少。

 氷細工のような儚さ。ぼんやりとした瞳。

 人は見かけで判断できないと言うが、その教訓じみた言葉は、この少年にこそ相応しいだろう。

 綺麗な薔薇には棘がある――どころでは済まない。

 指を怪我するだけならば僥倖と言ってもいいだろう。

 考えているだけのつもりだったが声に出ていたらしく、素早く惨殺に反応された。

「ぼくには薔薇のような華やかさの持ち合わせはありませんが」

「ふうん、子供のくせに、謙遜するのか」

 毒殺がこの少年と同じくらいの歳だったころは、殺人とは縁遠いどころか無関係なものだったのに、この少年はこの歳で殺人鬼クラブに入会するという異例ぶりを見せた。

 それも最も残忍な殺害方法を冠して。

『惨殺』。

 美少年だからと声をかければ、またたく間に彼の害を被ることになる。

 子供だからまだ体力がそれほどないので、被害者の数は少ないが、その少人数には同情の念を禁じ得ない。

 こんな殺人鬼に遭うくらいだったら、自分なら舌を噛み切って死んだほうがマシだな……と、毒殺は思う。

 願わくば老衰で死にたいと思っているが、彼の被害者になるくらいなら、自害も辞さない考えだ。

 またも声に出していたようで、惨殺は表情を曇らせた。

「ひどいことを言いますね。ぼくは、同胞を手にかけるほど逼迫した殺害欲求は持っていませんよ」

「それなら安心だな」

 なにも安心できないが。

 彼に同胞だと判断されなかったらと思うとぞっとする。

「ぼくは、毒殺さんのこと、好きですよ」

 惨殺はにこりと微笑んだ。

 そういう性癖を持っていなくてもどきりとする。

 むしろ、彼を見たことでそういう性癖を持ってしまった紳士淑女は多いのではないか。

「否定はしませんよ」

「自覚はあるのかよ」

 毒殺自身はそういうものに対してかなり無気力な質だが、そうでない奴は危険だろう。

「毒殺さんは、そういう人だから好きなんです」

「そういう人?」

「ぼくのこと、ちやほやしないでしょう?」

「面倒なだけだ」

 これは本音。

 感情を動かすなど、面倒だ。

 言ってしまえば、自分は無欲なのだ。

 あるのは殺害欲求のみ。

 人を殺せるだけでいい。

 それ以外は、どうでもいい。

「殺人鬼らしくて、いいと思いますよ」

「面倒なだけだ」

 もう一度、同じことを言う。

「そんなことより、キク、お前、俺なんかと話しててもつまらないだろ。遊殺なんかは歳が近いんだから、そいつと話してきたらどうだ?」

「意地悪なことを言いますね」

 惨殺は頬を膨らませた。

「ぼく、彼女とは反りが合わないんですよ。なにを考えているのかもわかりませんし」

「まあ、確かに」

「ぼくは毒殺さんと話しているのが楽しいのでここにいるんですよ。毒殺さんがぼくにどこかに行ってほしいと思っているのなら、話は別ですが」

 ぼく、お邪魔ですか?

 と、惨殺は首を傾げる。

「…………いや」

 緩やかにかぶりを振る。

 惨殺を邪魔だと思ったことなど一度もない。

 彼は心地よい距離感を維持してくれている。

 人付き合いの苦手な毒殺にとっては、とてもありがたい存在だ。

 どこに焦点を合わせるでもなく惨殺と会話していると、恰幅のよい、と言えば聞こえはいいが、言ってしまえばでっぷりと太った男が、身体を揺らしながらこちらへ向かってきた。

「よお、毒殺君に惨殺君。なんの話だ?」

 惨殺の態度は、こういう風に、勝手に話に割り込んでくる奴に比べれば、ずっといい。

「そうそう、知っているか。また『殺戮家』が出たそうだ」

 話の内容を聞いてきたくせに、まったく話を聞かない奴だ。

 殺人鬼クラブの会合と言っても、殺人鬼クラブの名簿に載っていない奴――殺人鬼クラブと協力関係にある人間――も、参加している。

 この男はまさにそれだ。

 かなりの資産家で、殺人鬼クラブに多額の援助をしてくれる存在だが、直接話すとなると結構煩わしい。

 名前は聞いたような気がしたけれど、忘れた。

 しかし、機嫌を損ねれば損害が出る可能性もあるので無下にはできない。

 ので、仕方なしに興味のある素振りを見せる。

「殺戮家……またですか。随分お盛んですね。そういえば、殺戮家について詳しいことは知っていますか? 俺はこの通り、研究一筋であまりそういうのには詳しくないんで」

「ははは。研究もいいが、こちらの世界の情勢にも明るくないと、やっていけないよ」

 皮肉を貰った。

 やかましいわ。

「こちらの世界では最も忌み嫌われている存在と言っていいのだよ、殺戮家は。残虐で狡猾。好戦的な危険人物らしい。男か女かもわからない。ただ存在だけを認知されている『最悪』――それが殺戮家だよ」

「はあ……」

「んん? 随分気のない返事じゃないか。ははあ、きみのような殺人鬼からしてみれば、他の殺人鬼を褒められるのはいい気分じゃないのかな」

「まあ、そうですね」

 眼を逸らして頭を掻く。

 ふと惨殺のほうを見ると、ストローを弄んでいた。

 子供らしく振る舞って、自分に話が振られないようにしているらしい。

「殺戮家……あまり遭いたくないものだよ。それでも私のパイプに取り入れたいところだがね。謀殺さんならなにか知っているだろうか?」

「さあ……でも、あの人なら、俺の知らないことも知っているでしょうからね」

「だろう? 私もそう思ってたところだよ」

 言って、男は大口を開けて笑う。

 唾が飛んできて恐ろしく不愉快だった。

「さて、どうやら今日は謀殺さんがなにか見世物を用意しているらしいから、私は特等席で見させてもらうとしよう」

 にやにやと、男は惨殺と目線を合わせて、頭を撫でつつ、

「それでは、惨殺君も、またね」

 背筋が寒くなるような猫撫で声だった。

「……ぼく、あの人きらいです」

 男が立ち去ったあと、男の背中をぼんやりと眺めながら、惨殺が呻く。

「やめろよ。もし聞こえてたらどうするんだ」

「だって……あの人、ぼくの頭を撫でた反対の手で脚を触ったんですよ」

「………………」

 まあ、変態はどこにでもいるということだろう。


 ◆◆◆


「それでは親愛なる皆さん、お待たせしました」

 と、そんな風に。

 謀殺はにこやかに周囲に挨拶をした。

「本日はささやかながら、皆さんに楽しんでいただくべく、ちょっとした余興をご用意しました。どうぞ、楽しんでいってください」

 会場の中央。豪華なシャンデリアの真下。そこに、ふたりの男がいた。

 ひとりは謀殺。そしてもうひとりは、裸も同然の、目隠しをされた男だった。

「謀殺さん、その男性は?」

 見物人のひとりが、謀殺に問いかける。

「彼ですか? 彼は、今回の役者ですよ」

「役者?」

「先日の一家全滅の事件は、皆さんご周知の通りでしょう。その犯人は、なにを隠そう我らが同胞、毒殺さんの手によるものなのです」

 場が感心の声で波を作った。

「本日はその毒殺さんが、皆さんにお見せしたいものがあるそうなので、こうしてこの場を用意させていただきました」

 そして、謀殺は毒殺を手招きする。

 毒殺は溜息をつきつつ、会場の中央へ歩み出た。

 見物人は期待の眼差しで毒殺を見定める。

「あー……あまり、期待しないでください」

 そう言って、懐から薬のようなカプセルを取り出した。

 裸の男は、毒殺の接近を感じ取り、身を竦ませる。

「た、たすけて……」

「………………」

 毒殺は心底この男を哀れに思った。

「謀殺さん」

「はい?」

「この人は、どういう人ですか」

「ああ、そうですね。その説明を忘れていました」

 あくまでも柔和な笑みで、謀殺は朗々と語る。

「彼は私たちの敵ですよ」

「敵?」

「不遜にも私に接近し、殺人鬼クラブに入りたいと言ってきました。そういう人は珍しくありません。遊殺さんのようにね。ただ、目的が不純だったんですよ」

 目的が不純。

 つまりそれは、殺人鬼クラブの解散、壊滅を目的としていた――ということだろう。

 殺人鬼クラブはこれでも大きなグループだ。

 こちらの世界でそれなりに名が売れた集団である。

 ゆえに、敵は多い。

 手を取り合って仲良く同盟を組んでいる組織もあるにはあるが、それがいつ手の平を返すかわからない。いつだって、反逆者が出てしまう危険を孕んでいるのだ。

 反逆者がひとりでも出てしまえば、壊滅の危険は十分にありえる。

 だから時折、こうして『見せしめ』を行う。

 警告――である。

 裏切り者は――こうなると。

「まあ、調べてみたらそれほど大きな組織ではありませんでした。あと一ヶ月程度で殲滅できるでしょう。その場合には、皆さんにお力添えをお願いしたいところですが……」

 笑顔を絶やさず、謀殺は毒殺に向き直った。

「まずはひとりです。殺人鬼である私が、標的を生け捕りにするためにした努力、貴方なら汲みとってくれますよね」

「………………」

「肯定ですね。嬉しいです」

「……じゃあ、どんな風にしたいか、リクエストはありますか」

「そうですね……苦しめてください」

「わかりました」

 毒殺はカプセルをしまった。この毒では謀殺は満足しないだろう。

 眠らせるように殺したいなら、安らかに。

 苦しめて殺したいのならば、徹底的に。

「なら、これがいい」

 細くて小さな注射器だった。

 子供の手の平に収まってしまうような。

 それを、男の喉へ――。

「…………がっ」

「どんな成分を使っているかは、機密なんで話せませんが」

 びぐんっ。

 と、男の身体は痙攣を始めた。

「きっと」

 そして次第に肌は赤みを帯び。

「楽しめると思いますよ」

 赤みを帯び。

 赤みを帯び。

 赤く、赤く、赤く。

 赤赤赤赤赤赤。

 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤!

 それはもはや体温の上昇などを意味するのではなく、人間の体内に流れる血液の色。

 衣服を身に着けていないので、それは如実に視認できる。

「ぎぃ……っ、あがっ、えあぁ……っ」

 身体中の穴という穴から、じわじわと滲み、溢れ。

 口からはそれとともに醜い嗚咽が漏れだす。

 救いでも求めるかのように手足を空へ暴れさせる。

「素敵だわ……」

 まるで恋人からサプライズのプレゼントを渡されたときのように、観客のひとりが吐息を漏らす。

 当然だ。この毒は最近開発した自信作である。

「いぎぁ……っ」

 殺人鬼たちの目に、魅力的に映らないわけがない!

「……おぐぅぇっ」

 全身を駆け巡る激痛だ。苦しいに決まっている。

「うぅぁぁ……ぁぁあああっ」

 なにせ、自分自身でさえ痛みに悶えた毒を配合したのだから。

「あ、ああ……あああああああああああああああああっ!」

 聞き苦しい断末魔。

 それさえ殺人鬼たちの耳には心地よいメロディとして届く。

 フロアのカーペットひとつをまんべんなく様々な体液で汚したあと、ようやくのこと、男は絶命できた。

 毒を与えられた直後にでも舌を噛み切れば、まだ苦痛を感じることなく死ねたかもしれないのに、それに気付くには遅すぎた。

 気付いたときには、舌を噛み切る余裕など、ない。

 あるはずがない。

「ふむ、二十分ですか。また伸びましたね、素晴らしい」

 謀殺が懐中時計を眺めながら呟いた。

 観客も、男の最期を見届けると、途端に拍手喝采を送る。

 これ以上ないショーを見た気分だろう。

 毒殺自身も、この結果には満足だった。

 タイムは思っていたよりも短く、そこは改良の余地があるが、まあ、次への課題にすればいい。及第点だ。

「皆さん、本日の会合はこれにて終了とさせていただきます。帰り道に気を付けて。朝日は、私たち殺人鬼には眩しすぎるのでね」

 謀殺が両腕を広げてにこやかに宣言する。

 いつも通りの、役者がかった口調で。

「それでは親愛なる我が同胞、また会う日まで、息災と、殺害を」

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