第36話 変わるきっかけと好きのきっかけ

 誕生日デートを終えたその夜。夕食を終えた僕は部屋で

 寛いでいた。そろそろ、真澄の誕生日パーティは終わっただろうか。

 そんなことを考えていたところ―


『こんばんはー。コウ』

『もう誕生日パーティ終わったの?』

『うん。かーさんととーさんから誕生日プレゼントもらって一緒に夕ご飯食べたわ』


 無事に終わったようだった。


『それで、どうしたの』

『ちょっと外出えへん?』


 素早く支度して、家の外に出る。

 真澄は既に準備していたようで、家の前で待っていた。


「ほな、行こか」

「いいけど。どこに」

「うちらの思い出の場所や」


 真澄に連れられて来たのは、小さな公園。

 ブランコに滑り台、鉄棒。

 昔、ここで、時々真澄と遊んだ気がする。

 最近はご時世なのか、近々撤去されるとか。


「ブランコ。久しぶりにやってみん?」

「いいけど。今は小さいんじゃないかな」


 二人してブランコに腰掛けるけど、案の定、身体がきつくて入りづらい。

 これでは漕ぐことも難しそうだ。


 なんとなく、二人でブランコに座って、夜空を見上げる。

 夜空は真っ暗で、星がたくさん見える。


「それで、どうしたの?」


 真澄の方を見ると、目が合った。


「前に、ウチが好きになったきっかけの話をしたの覚えとる?」

「途中ではぐらかされたけどね」


 ちょっと茶化してみる。


「そのときの話、聞いてくれるか?」

「もちろん」


 そうして、彼女は語り始めた。


「小学校3年の頃なんやけど。ウチがいじめられたの覚えとる?」

「……そういえば、そんなこともあったね」


 入学したばかりの頃は、物珍しい言葉がからかわれてただけだけど。

 その頃になると、皆も「関西弁」というものがわかってきて。

 関西弁をしゃべる彼女は「関西弁が来た」

 「関西弁はあっち行け」など、一部のクラスメイトに言われていた。


 幸い、ほとんどの子は積極的には加わらなかったけど。


 ある日、この公園でなんとなく二人で居たとき。


――


「ウチ、関西弁、止めた方がええんかな」


 ひどくしょぼくれた表情でそう言うますみちゃん。

 そんな表情を見た僕は凄く胸が痛くて。


「ますみちゃんは、関西弁、止めたいの?」

「そんなわけないやん!でも、いつも……」


 ポロポロ悔し涙を流しながら、悩みを打ち明けるますみちゃん。

 そんな光景にどうしようもない憤りを感じた僕は一つの決心をしたのだった。


 翌日、小学校のホームルーム。担任の先生に頼み込んで、ホームルームで話したいと言ったのだった。


「今日は、ある女の子、について話したいと思います」


 そんな語り口から僕は入った。

 何のことやら、わからないといった表情を皆がしている。


「?」

「だれだろう」

「……」


 いじめていた子は、何かに気づいたようだったけど。

 構うものか。


「その女の子は、関西弁をしゃべっています。関西弁が何かわかる人」

「……」


 そう言いながら、教室全体を見渡す。すると、ほとんどの子が手を挙げる。

 その中で、真澄をいじめて居た子たちを見渡しながら言う。


「関西弁は、普通の言葉です」

「……」

「でも、この中に、関西弁というだけで、その女の子をいじめている子が居ます」


 ひそひそと皆が声を上げる。今思うと、これはやり過ぎだったのだけど。


「いじめている子は手を挙げてください。謝ってください」

「……」

「わかりました。これから、名前を呼びます」


 いじめっ子たちを睨む。

 そして、死刑宣告をするように、名前を読み上げる準備をする。

 いじめている子たちがおびえ始めたのがわかるけど、構うものか。


 と、名前を読み上げようとしたところに、思わぬところから制止が入った。


「あの、待って!」

「ま、ますみちゃん?」


 唐突に立ち上がった、ますみちゃん。


「その女の子は……ただ、みんなと仲良くしたいだけなんです」


 静かに、でそう語りかけるますみちゃん。


「あやまってもらわなくてもいいです。でも、いじめないでください」


 それだけ言って、ますみちゃんは着席した。

 周りがしんと静まりかえる。


「はい。それまで!」


 担任の先生が止めに入る。


「こうき君の気持ちはよくわかったから。あとは、先生がなんとかするから、ね?」


 先生は僕がいじめっ子を糾弾しにかかるとまでは思っていなかったのだろう。とても慌てていたのをよく覚えている。


 結局、いじめっ子については、先生がそれぞれに注意することで事なきをえたのだった。


 その後も、結局、色々先生にフォローさせちゃったわけで。


――


「いや、ほんとあれはやり過ぎだったと思うよ。下手したら、いじめっ子が逆にいじめられていたかもしれないし」


 当時の僕は、人一倍言葉を操るのがうまかったから。

 でも、やっぱり心が幼かったから。ただ、許せない気持ちを

 そのまま叩きつけようとしていたんだと思う。


「あの時のコウはめっちゃ怖かったしな」

「だよね」


 いや、今思っても恥ずかしい限りだ。


「でもな。コウがああ言ってくれたから、ウチはちゃんと声を出して言い返せるようになったんよ」

「そうなの?」

「あの頃はウチは気が弱かったからな。でも、あれを見て、強くなろうって思ったんよ」


 そういえば、あの時を境に、はっきり自分の意見を言うようになった気がする。というか、そういえば。


「あの後からだったのかな。真澄が皆の面倒を見るようになったのは」

「ウチもよう覚えとらんけどな」


 そんなきっかけがあったとは。僕の知らないところで影響を与えていたんだなあ。


「でも、変わるきっかけになったのはわかるけどさ。怖かったんじゃないの?」


 あの時は、完全に周りを威圧していた気がする。


「怖かったけどな。ウチのために真剣に怒ってくれているのもわかったから。ほんとに嬉しかったんよ」

「そっか」

「あとな。実はあのときに、ビビっと来たっちゅうかな」


 何かちょっとうっとりした表情をしている。


「え。何それ。そっちが本命の理由?」


 謎の性癖を刺激してしまったのだろうか。


「どっちなんやろな♪」


 愉快そうにそういう真澄。


「いや、ほんと。どっちなの?」


 うーん。

 過去がどうあれ、今が変わるわけじゃないけど。

 随分変わったきっかけだったらしい。

 

 そんな夜のひと時だった。

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