第11話 親友への報告
真澄と校門前で別れた後のこと。
周りがざわざわとしているのに気づいた。
「あれ、前にも来てた、東津(とうづ)高校の子じゃね?」
「男の方は……誰か知ってる?」
「いや、知らないな」
「彼女連れで登校かよ。羨ましいなあ」
そんな声が聞こえてくる。どうやら、校門前で別れるところをばっちり見られていたらしい。ただ、うちの連中は良くも悪くも育ちが良いというか、羨むだけで、僕が近づくと去って行った。
共学だったら、真澄みたいに人気のある子と恋人になったとなったらさぞかし噂されそうなので、結果的には男子校に行って良かったのかな。
そんなことを思いながら、校舎に入ろうとする。
校舎の前に立ちはだかるのは、例によって、鬼の八重垣(やえがき)こと、八重垣先生だ。
「おい。松島」
「何でしょうか」
何か用だろうか。うちは男女交際禁止とかそんなお堅い規則はなかったはずだけど。
「あの子はお前の恋人か?」
「あ、はい。そうですけど」
「ならいい。ただ、羽目を外し過ぎるなよ」
「もちろん、わかっています」
どうやら、他校の生徒とのトラブルじゃないかを確認したかっただけらしい。紛らわしいなあ。
いつものように2-Fに入った途端。クラスメイトに取り囲まれた。
なんだなんだ?
「おい、松島。あれ、お前の彼女?」
「俺にも誰か紹介してくれよ」
「俺も俺も」
「羨ましい!」
そんな声が聞こえてくる。男子高だからとはいえ、ここまでそういう話に皆飢えていたとは。
「ちょ、ちょっと待って。あの子は僕の昔からの友達で……」
「幼馴染ってやつか?」
「かー。俺にもそんな相手がいたら」
「小学校の頃の友達に連絡を取ってみようかな」
最後の奴、中学の頃に連絡取ってなかったら手遅れだと思う……
「おまえら。珍しいのはわかるけど。コウが困ってるだろ」
割って入って来たのは、正樹(まさき)だ。
「あー、すまんな。つい興奮しちまって」
「その子との話聞かせてくれよ」
彼らも悪気はなかったみたいで、すごすごと退散していく。
良くも悪くも育ちの良さが出ている。
「で、だ」
「なに?」
「ようやく、中戸とくっついたのか?」
さすがに雰囲気が違うのはわかったのだろう。
正樹はそう聞いてきた。
「ご察しの通り」
「そりゃめでたい。もう何年越しだっけ?」
うーん。中学校に入ってからだから。
「1、2、3、4…年越しだね」
「それだけ片想いしてきたのが通じたんだ。喜びもひとしおだろ」
親友の恋が実ったのが嬉しいのか、そう聞いてくる。
「どうなんだろうね。嬉しいのは確かなんだけど、気持ちが追い付いてないかな」
贅沢な言い方だとは思うけど、正直な気持ちだ。
「贅沢な悩みだねえ。まあ、お幸せに」
「ああ。幸せにやるよ」
「弄りがいがないなあ。そういえば、天然だとか何だとか言ってたけど、結局どうだったんだ?」
「半分正しくて、半分間違って、ってとこかな」
「どういうことだ?」
事の次第を、正樹に話すと、呆れたような顔をした。
「なんつーか。おまえの先走りも大概だが、中戸も相当だな」
「でしょ?デートに何度も誘われていて、気づかないのはおかしいって」
真澄がいないのをいいことに、鬱憤をぶつける。
いや、今更このことはどうでもいいんだけどね。
「でもまあ、友達としては、無事に想いが実って何よりだ」
「ありがと。正樹は誰かお相手はいないの?」
「ここ男子校だぞ」
「うん、まあ、そうなんだけど。他の共学とか女子高の子と仲良くなるとか」
「俺たちにそんなコミュ力があるとでも?」
「いや、どうなんだろう。正樹なら結構いいところいくんじゃないかな?」
正樹はサッカー部に所属していて、副主将だ。長身で引き締まった身体。爽やかさを感じさせる顔立ち(言動は爽やかじゃないけど)。友達思いのところ。
きっかけさえあえばうまく行くんじゃないか、そんなことを思ったのだった。
「なんだか上から目線なのが気になるが。まあ、ありがとよ」
そう言って去って行く。僕に何かしてあげられるといいんだけど。
――
昼休み。僕は、学食に行こうとする正樹を呼び止めて、
「今日は一緒に食べない?」
「お前は愛妻弁当があるだろうが」
結婚なんてまだ遠く先の話なんだけど。
「愛妻弁当ってね……もちろん、食べるけど、二人で食べない?ってこと」
「どういう風の吹き回しだ?」
胡乱そうな目で見てくる。
「いや、別に他意はないんだ。まあ、真澄との仲はひと段落したし、久しぶりにだべりながら食べないか?」
「まあ、それならいいけどよ」
というわけで、学食にて。
僕は、真澄の手作り弁当。正樹は、うどん定食を食べながら話す。
「で、正樹としては、誰か気になる子でもいないの?」
「彼女が出来たとたんに、上から目線だな」
ジロリと睨んでくる。強面じゃないので、全然怖くないけど。
「いや、そういうわけじゃないけど」
色々相談に乗ってもらったし、せめてものお礼というか。
「まあ、小学校のとき一緒だった奴のLI〇Eグループはあるけどさ」
あ、やっぱりあるんだ。僕は、真澄と朋美としか交換してないけど。
「誰かその中に気になった子とかいないの?」
「!」
反応があった。どうやら、実は気になっている子がいるらしい。
「……これは、ここだけの話にしといてくれよ」
「もちろん。ていうか、僕はつながりないからね」
真澄や朋美経由でつながる可能性はあるけど、どっちも正樹との縁はそんなにないし、話す機会もないだろう。
「杉原って覚えてるか?」
「杉原……ああ、朋美のことか」
「朋美ぃ?」
詰め寄られる。
「おまえ、下の名前で呼ぶ程……」
「いや、誤解だよ、誤解。朋美には、真澄との恋愛相談に乗ってもらってたから。それだけ」
「おまえ、女子にも相談してたのな」
微妙な目で見られる。
「やっぱり、真澄と親しい子に相談した方が早いし」
「言われてみればそうだけどな」
微妙に納得がいっていないようだ。
「それで、朋美がどうしたって?」
「なんか、名前呼びされると腹が立ってくるんだけどな。まあいいや。杉原とは、LI〇Eグループで時折話す機会があるんだけど」
「おお」
「お前みたいに1対1で話せる関係じゃないさ。あっちにとっても、その他大勢の一人だろうし」
なんだかやさぐれたような声で言う正樹。
「それで?」
「まあ、俺としても気になるっちゃ気になるけど。どう話を切り出していいかがわからなくてな……」
「1対1で何かメッセージを送ってみればいいんじゃない?久しぶり、とか、何とか」
「お前はそういうのが簡単にできるんだろうけどな……」
日頃から真澄とも朋美ともメッセージのやり取りはしているから、イマイチ実感が湧かないけど、そういうものなのだろうか。
「ごめんごめん。こっちが深入りし過ぎたよ。僕も、随分相談に乗ってもらったから、そっちもうまく行くといいなって思っただけで」
「そうだといいんだけどな」
その後は、他愛無い雑談をしていると、昼休みはあっという間に終わった。
朋美といえば、先日、真澄とのデートについて聞いてきたとき、妙な反応があったのを思い出す。結果的にはうまく行ったけど、あの時のことを聞いておきたい気持ちもあるし、ついでに、正樹についても聞いてみるといいかもしれない。
昨日今日、真澄と恋人になったばっかりなのに、ついつい、親友の恋路が気になってしまうのだった。
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