第一章 恋人始めました

第10話 新しい朝

 朝日が昇って来て、僕は自然と目を覚ました。


 昨日は本当に色々なことがあった。告白をしたつもりが、てんで見当はずれのことをしていて、でも、告白そのものは受け入れてもらえて。


 何はともあれ、今は、僕と真澄は恋人同士だ。

 今日から何をして過ごそうか、そんなことを考えながら1階に降りる。

 すると、台所には既に真澄が来ていた。

 そういえば、例によって母さんがいないのだけど、また気を遣ってるんだろうか?


「お、おはよーさん。コウ」

「うん。おはよう。真澄」


 そんな挨拶を交わす。

 少しだけ、緊張しているように見える。

 今は、朝ごはんを作ってくれているようだ。それが僕のためのものであることを考えるとありがたい限りだ。


「そういえば、母さんは?いや、いっつもこの時間帯に引っ込んでるけど」

「おばちゃんは、なんや喜んでたよ」


 もしや、何か言ったのだろうか。


「何か言ったの?」

「その。うちらが付きあい始めたこと。別にええやろ?」


 少し、こちらの様子を伺うような声と表情。


「もちろん、いいけどさ。少し照れ臭いな」


 母さんはそんなにからかったりしないだろうけど。


「まあ、うちも、な」


 少し照れた様子で、手をせわしなく動かしている。


「そういえば。昨日は随分余裕そうだったけど、今日は違うね」


 様子が気になったので、聞いてみた。


「一晩考えてみると、色々恥ずかしゅうなってな」


 そう目線を逸らしながら、つぶやく真澄。

 昨日、ニマニマしてからかうつもりで居たとは思えない態度だ。

 でも、そんなこの子が自分の彼女だと思うと、とても愛おしく思えてくる。


「真澄も同じように思ってくれて、嬉しいよ」

「そういう台詞は恥ずかしいから、禁止や!」


 普段より長話をしてから、朝食が完成したようだ。

 相変わらずの腕で、食欲をそそる。


「いただきます」

「いただきます」


 そう言って、料理に口をつける。


「うん。美味い。それに、彼女の手料理って思うと、特別な感じがする」

「そう言われると照れるんやけど。ありがとな」


 そんな少しくすぐったい雰囲気の朝食を経て。

 いつものように、2階に鞄を取りに行ってから戻ってくる。


「はい。どーぞ」


 例によって、作ってくれて来た弁当を渡される。


「ありがとう。今日からは、愛妻弁当か……」


 ちょっとからかう意味も込めてそう言ってみる。


「愛妻って……。まあ、そのうち、な」


 ちょっと調子に乗ってみたけど、真澄の態度を見るとまんざらでもなさそうだ。

 時刻はまだ7時30分。登校までまだ時間はある。


「もう少しゆっくりしようか。まだ時間はあるし」


 家でゆっくりするのもいい。そう言う意図を込めて言ったのだけど。


「それなんやけど。歩いて登校せえへん?」


 そんな彼女の提案によって、今日は歩いて登校することになった。


 彼女が僕の右肩に寄り添って、腕を組んでくる。

 手をつながれるより、もっと恥ずかしいな、これは。


「その……どうや?」


 真澄も慣れているわけではないのだろう。少し恥ずかしそうだ。

 少し緊張しているようにも見える。


「その。凄く恥ずかしいけど。これはこれで」

「ほな、このままで」


 腕を組みながら、しばらく一緒に歩く。

 彼女の横顔を見ると、少し赤く染まっていて、

 真澄も余裕というわけじゃないんだな、と思って安心できる。


「そういえばさ」

「うん?」


 昨日、意識を失う直前に気になったことを聞いてみることにする。


「なんか、頬に何か感触があったんだけど」


 そう言うと、真澄が動揺しだした。


「お、起きてたん?」


 いや、半分眠りかけてたんだけど。白状させるために、あえてこう言ってみる。


「うん。起きてたけど」

「そ、そか。その、唇にはまだやから、堪忍な」


 頬、唇。なるほど。

 寝ている間に頬にキスをされた、といったところだろうか。

 

 横目に、彼女の艶やかな唇を見る。

 できれば、はっきり意識のあるときに堪能したかった。


「唇にもさせてもらえると、ありがたいんだけど」


 そんなことを言ってみる。


「そのうち、な。今はまだちょい恥ずかしうて」


 頬をそめて、うつむきがちにそういう。

 唇には、まだ恥ずかしいらしい。


「それにしても」

「うん?」

「ほんとに恋人同士になったんだなって」


 そう感慨深く言う。

 少しふわふわした感じで、まだ、はっきり実感できていない。


「うちも、実はまだ実感湧かんのやけど」


 真澄も似たようなものらしい。


「それを聞いてほっとしたよ」

「うちも昨日は、急にやったから、冷静やったけど、一晩経ってみると恥ずかしうなって……」


 ぎゅっと腕を組んできながら、恥ずかしげにそんなことを言う。

 いつもと同じ格好なのに、凄く可愛く見える。

 これが彼女効果というやつだろうか。


「そういえばさ」


 ふと思いついたことがあったので言ってみる。


「今週末、またデートいかない?今度は、恋人同士として」

「も、もちろんええよ。でも、今週末とかやなくて……」


 じゃなくて?


「今日の放課後とか、どうや?」


 うつむきながらそう言ってくる。


「そ、そんなに、一緒にいたい?」

「ま、まあ。そやな」


 なんだか凄く嬉しい気持ちで溢れてくる。


「じゃあ、放課後で」


 その後は、どこに行こうかとそんなことを話していたら、

 気が付いたら僕の高校が近づいて来た。


 なんだか、ここで腕を放すのが少し名残惜しい。


「ちょっと、ええか?」


 僕を見上げながら、他の人に見つからない角を指差す。

 何か話でもあるのだろうか?

 そう思いながら、角に移動する。


 ぎゅ。

 気が付いたら、抱きしめられていた。


「え、えーと」

「なんや、こうしたくなってん。駄目?」


 甘えた声でそんなことを言われて断れるわけがない。

 というか、僕自身そんなことをされたら我慢できない。

 というわけで、真澄を抱きしめ返した。


 凄く暖かい。

 真澄の体温を感じながら、約数分。


「そろそろ、行かんとあかんね」

「ああ」


 そう言って、回した腕をお互い離す。

 名残惜しいけど、そろそろ登校しなくちゃ。


「その、放課後にまた来てええか?」


 少しためらいがちにそんなことを聞いてくる真澄。

 そんな仕草も愛らしい。


「それは、もちろん。というか、そうじゃないと困る」

「うん。また後でな」


 そう言って、彼女は去っていったのだった。

 彼女の残った体温を感じながら、幸せな気持ちでそれを見送る。

 真澄とこういう関係になれたことを感謝しながら。

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