第7話 デート再び

「とりゃー!」

「それ、ボウリングの掛け声じゃないよ…」


 僕は真澄にそうツッコむ。

 週末のボウリング場。

 僕らの住む街は関東の地方都市の郊外にあり、娯楽施設は駅前にそこそこ、という程度だ。東京までは電車で1時間というところで、少し無理をすれば行けなくもないけど、無理をして行く程娯楽がないわけでもない、という微妙な立地だ。


 僕は紺のデニムに、上はTシャツ。

 真澄は白のデニムに、上は水色と白のストライプTシャツ。

 さすがにボウリング中は暑いので、コートは横に置いてある。

 

 そして、何故、今、僕たちがボウリングをしているのかというと、話は簡単。真澄が誘ってきたのだった。


――


『土曜日、どっか遊びにいかん?』


 真澄からそんなメッセージが来たのは金曜の夜。


『いいけど、どこに?』


 なにげなくそんなメッセージを返しつつも、内心、少しどきどきしていた。今までどこかに誘って遊びに行くことはたくさんあったけど、彼女からのお誘いは珍しいのだ。


『駅前のボウリングセンターとかどうや?』


 ボウリングか……。自分でいうのもなんだけど、僕はあまり運動やスポーツの類が得意な方ではない。もちろん、まるっきり駄目っていうわけではないけど。ただ、ボウリングくらいなら、そこまで疲れなさそうだし。


『いいよ。他にどこか行くところはある?』

『んー。その辺は当日で』


――


 そんなこんなで、デート当日。そういえば、待ち合わせ場所を決めてなかったっけとそんなことを思い出したとき。


 ぴんぽーん。


 インターフォンが鳴った。あれ?


「お邪魔しまーす」


 なんだか聞きなれた声がする。その声の主は、家に入って来たかと思うと、僕がいるリビングに向かってずかずかと歩いてくる。


「おはよーさん」

「お、おはよう。いきなりどうしたんだ?」

「?」


 何がなんだかわからない、という顔をしている。


「いや、なんか用あったっけ、今日」

「コウ、頭ボケた?」


 なんだかひどい言われようだ。


「今日はボウリング行こうって約束してたやんか。もしかして、本当に忘れてんの?」


 約束を忘れられているのかもと思ったからか、少し語気が荒い。何かがずれてる気がする。


「さすがにそれを忘れるわけないって。待ち合わせ場所決めてなかったから……」

「家が近いんやし、そんなん適当でいいやん」


 言われてみればそうだ。急に距離が縮まったせいか、それにまだ心が追い付いていない気がする。


「それはそうと。なんかいうことない?」


 自分の身体を見下ろしながら、ちょくちょくこちらに目線を向けてくる。

さすがに服のことを指しているということは僕でもわかる。


「うーん。なんだろ。かっこいいっていうか、すっきりした感じかな。とにかく似合ってる」

「かっこいいって表現は微妙やけど。まあええか。準備はできとる?」

「うん。僕はいつでも」


 そう言うと、彼女は


「なら、行こか」


 と笑顔で言ったのだった。


――


 そんなこんなで、僕たちは今、ボウリング場にいるのだった。

 まだ1ゲーム目で、今は、真澄がボウルを投げ終わったところ。

 彼女が「とりゃー」の掛け声で放ったボールは、中央付近を転がり、凄い勢いでピンを倒していく。結果は見事にストライク。


「よっしゃー!」


 僕と真澄はハイタッチをする。


「にしても、真澄の腕力、凄いよね」


 素直に賞讃するつもりで言ったのだけど。

 

「うち、そんな腕太いかな」


 少し凹んでしまったようだ。


「いや、そういう意味じゃなくて。腕は細くて綺麗だと思うし……」


 フォローをしようとしたら。


「冗談冗談。もう、コウはすぐマジになるんやから」


 そうケタケタ笑われる。くそう。


 次は僕の番だ。僕には真澄ほどの腕力も握力もないので、手堅く行く。助走をして……よし!


 投げたボウルは、真ん中から少し左側にそれて、残り1本を残して倒れた。


「あー、惜しいなあ」


 隣の真澄がコメントする。真澄はストライクだから、ここは確実にスペアを取りに行かないと。


 残り1本は、真ん中よりやや右寄りにあるので、左側から右方向にカーブを付けて投球する……よし!結果は見事にスペア。


「やった!」

「やるやん!」


 再びハイタッチ。


 その後も、試合は続く。真澄は球速こそ速いものの、コントロールが逸れて時々ガーターになることがある。一方の僕は、コントロールはうまく行くものの、球速が低いためか、ピンを倒しきれずに残ることが多々。


 第10フレーム目。僕は123、真澄は120。やや僕が勝っているけど、接戦だ。


「そや。せっかくやから、何か賭けへんか?」

「いいけど。何を賭けるの?」


 どうせ大したことじゃないだろうけど。


「うーむむむ……」


 何を賭けるか考えていなかったらしく、眉根を寄せて考え込んでいる。

 そんな表情もなんだか微笑ましい。

 そんなことを思っていると、


「質問!」


 唐突にそんな声を出した。


「質問?いや、何を聞いてくれてもいいけど……」


 何の質問かわからないので、困惑するばかりだ。


「いや、そうやなくて。勝った方が負けた方に一つ質問できるってのはどや?嘘はなしで」

「言う事を聞くってのはよくあるけど。質問か……面白いね。受けて立つよ」


 僕もこの機会に彼女に聞いてみたいことはあったし、そんな賭けをするっていうことは、真澄の方も同じだろう。少し燃えてきた。


 まずは、真澄の番だ。なんだか、少し緊張しているようにも見える。


「……うりゃっ」


 まずは第一投。だけど、力が入り過ぎたのか、すっぽ抜けてガーター。


「惜しいっ」

「あーもう!」


 本気で悔しそうだ。一体何を質問したいのか気になってくる。


 第二投はど真ん中ストレート。だけど、惜しくも1本を残して、真澄の最終的な点数は129。


 今、僕が123だから、7本倒せば勝てる計算だ。

 ふと、横をみると、真澄が凄く真剣な表情でスコアを見ている。そんなに勝ちたいのか。いや、そんなに質問したいことがあるのか。


 正直なところ、僕はそこまで聞きたい質問があるわけじゃない。僕のことをどう思ってるかのかとか、そういうのはあるけど、今すぐじゃなくてもいいし。


 ただ、じゃあ、わざと負けてあげられるかというとそれも難しい。あからさまにガーターを出せば負けられるけど、ボウリングの性質上、適当に投げたら7本倒してしまうというのも十分あり得る。とはいえ、わざとガーターを出せばさすがに真澄も気づくだろうし。

 

 できるだけ隅っこを狙ってみよう。


「せいっ」


 うまく外すという斜め上の方向の狙いを付けて投げられたボウルが転がる。結果は、5本だけ倒して、うまく外れてくれた。最終的な得点は、128だ。


「よっしゃー」

「よ…残念」


 ガッツポーズの真澄と、残念さを装う僕。ちらりと真澄の顔をうかがうと、ちょうど真澄も目線だけをこちらに向けていた。どうしたんだろう?


 こうして、うまく負けるための勝負(?)は終わったのだった。


 その後も、第4ゲームまでプレイして、いっぱい汗をかいた僕たち。


 喉が渇いた、ということで、近くの喫茶店で休憩することになった。


「ほんま、汗かいたわー」

「僕も。体育の授業でもなきゃ、こんなに運動しないよ」

「体育……コウのところは、今なにやってん?」

「今はサッカー」


 先週のサッカーの授業を思い出す。普段インドア派な僕としては、ああいう激しい運動をするスポーツはなかなかきつい。


「コウは守るのが好きやったよね」


 小学校の頃の授業を思い出しているのだろうか。


「物はいいようだね。攻撃に入ると、動かなくちゃいけないから、嫌なんだよ」


 これは本音だ。


「涼しい顔して、うまくパスを出す姿、かっこよかったんやけどなあ」


 こいつの思い出補正で、僕はどれだけ美化されてるんだ。

 

「そんなかっこいいこと無いってば。それに、大して人気もなかったでしょ」

「まあ、そやね」


 そこはあっさり認めるのか。


「でも、がむしゃらに動けばいいわけやないと思うんよ。コウみたいに、なるべく汗をかかずにうまいことやろうってのも大切」

「それは褒めてるのか、けなしてるのか……」

「うちは褒めてるつもりよ」


 茶化してくれたら良かったんだけど、真剣な顔でそう言われると照れる。


「そ、それはありがとう」


 なんだか、むずがゆい空気になってしまった。


――


 帰り道。夕日が西に沈もうとしている。オレンジ色の空。


 そんな中を二人で並んで帰っている。そういえば。


「思い出したんだけど。質問は決まった?」


 すっかり忘れてたけど、その話がまだだった。


「質問……あ、えーと。ちょっと待ってもらえへん?」


 急にそわそわして、挙動不審になりだした。

 いや、ほんとに何が聞きたくて、ここまでうろたえるのだろう。

 ちょっと可愛いけど。


 しばらく深呼吸をして、ようやく落ち着いたらしい。


「コウは……」


 僕は……なんだろう。ひょっとして、好きかどうかを聞かれるのか?


「なんで、いつもウチを誘ってくれるん?」

「え?」


 予想だにしなかった質問だったので、目が点になる。

 

「やから。なんで、いつもウチを誘ってくれるん?」


 こんな変化球を投げられるとは思ってもみなかった。いや、変化球と思ってるのは僕だけで、こいつは率直に理由を聞いてるだけなのかもしれないけど。


 どうする、どうする。真澄が僕のことを慕ってくれているのは間違いない。


 ただ、寂しいから、昔みたいな関係に戻りたいから、それだけで、あんな大胆なことをやらかす奴だ。告白してみたら、すっぽ抜けて大暴投ということもあり得る。

 

 悩んだ末。


「僕も、寂しかったんだよ」

「え?」

「僕も、昔みたいに、一緒に遊べたら。そう思ってたんだ」


 そんな、一見あたりさわりのない答えを返す。正直、この機会に告白をするのが正しいんだろうけど、これが、僕にできる精一杯だった。


「そっか」


 目をそらしていたので、真澄の表情がどうだったかはわからないけど。


「それなら……」


 ぎゅっと右手に暖かい感触がする。


「こういうことしてもええんよね?」

「え?ああ、もちろん」


 唐突に手を握られて混乱していたけど、思えば、小学校低学年の頃はよくこうして手をつないで歩いたものだった。

 でも、どうにも作為的なものを感じる。

 その証拠に、横をみると、真澄もどこか落ち着かない様子だ。

 告白した方が良かったのだろうか。しかし、今更やっぱ無し、とも言いづらい。


 そんな雰囲気の中、手を繋ぎながら、二人で帰る。


「これからも、こうしてええか?」

「も、もちろん」


 誰かに見つかったらカップル認定を食らうこと間違いなし。

 これで、一歩進展……だったらいいんだけど。

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