第2話 非日常な日常

 惨敗したデートの翌日。

 改めて、真澄に振り向いてもらおう、と気合を入れて起きる。


 我が家は、2階建ての一軒家だ。

 2階に僕や父さん、母さんの部屋があって、1階にダイニングやリビング、風呂やトイレがある。


 いつも通り、朝食をとりに1階に降りてみると、

 そこには本来居ないはずのモノが居た。いや、モノじゃなくて人か。


「おはよーさん。コウ」

「!?」


 セーラー服を着た真澄が、なんと、エプロンをして料理をしている。


 なんで、真澄がこんなところにいるの?そりゃ、真澄は昔から付き合いがあって幼馴染と呼べる関係でもある。でも、高校生にもなって、こんな定番のイベントをするような関係じゃなかったはず。


「なんで真澄がここにいるの!?」

「うーん。なんていうか、昨日の夜、昔が懐かしくなってなー。覚えとる?」


 昔、というと、小学校の頃だろうか。朝から家によく押しかけて来たのを覚えている。


「うん。よく覚えてるよ」


 本人の前ではいえないけど、真澄と過ごした日々はいつも楽しかったから。


「なんていうか、それで、昔みたいに過ごしてもええかなと思ったんよ」

「いや、それは理由になってないから」


 冷静にツッコむ。


「イケずやね、コウは」


 じと目で見られる。


「イケずでもなんでもいいけど。一体全体どうして、ってのが正直な感想」


 好きな子が家に来てくれるのは嬉しいけど、戸惑いの方が先に来る。


「理由、言わんとあかん?」


 少し躊躇したような様子でそういう真澄。


「どうしてもって程じゃないけど。できれば」

「……わかったわ」


 深呼吸をしてから、決意をしたようにそう言う。

 心なしか頬が紅潮してるようにも見える。


「そのな。昔みたいに、二人で過ごせれば、と思っただけなんよ」


 返答は、予想だにしないものだった。


「コウが中学に行ってからは、こんなこともできんようになったし」


 真澄が、そんなことを考えてくれてたなんて。


「それって……」


 少しの期待を込めて、続きを聞く。


「でも、勘違いしたらあかんで。コウに気があるとかやないからな」

「そ、そう」


 もしかして、と思ったけど、そんな都合よくはいかないか。

 

 でも。そんな言葉を聞いて意識せずにいられるわけがなくて。ずるい。


「そういえば、母さんには?」

「おばちゃんには挨拶したよ。ごゆっくり、と言ってたけど、なんやろな」

 

 不思議そうな表情で考え込む。

 母さんは、僕が真澄に片想いをしていることを知っている。

 だから、気を遣ってくれたんだろうけど。

 真澄は、気が付いていないのか?


「久しぶりに来たから、ゆっくりしていって、ていうくらいの意味じゃないかな」

「それもそうやね」


 納得したようだ。


「とりあえず、もう少しで出来上がるから。そこに座っといてー」

「了解」


 朝から真澄の手料理を食べられるとは。

 中学校以降、そんな機会もなくなっていたけど、今はどうなんだろう?


 それから約10分。真澄は、できた朝食を素早くテーブルに並べていく。

トマトやレタスのサラダ、オムレツ、ソーセージ、パン、牛乳といった洋風の献立だ。


「おお。凄いな、真澄」

「それほどでもないよ?」


 言いながらも、得意そうだ。それでも納得してしまう程、よく出来ている。


「じゃあ、いただきます」

「いただきます」


 二人でテーブルに座って食べ始める。


「もぐもぐ……美味い。オムレツも半熟で……」

「物を口に入れながらしゃべったらあかんよ」

「あ、ああ。ごめん」


 真澄は意外とマナーには厳しいところがある。

 真澄のお母さんの影響だろうか。


「うん。我ながらよくできとるね」

「だね」


 黙々と食事を進める。そういえば。


「父さんはどうしたんだろう?」


 父さんはプログラマーをやっていて、出て行くのも帰ってくるのも不定期なことが多い。


「おっちゃんは、まだ寝とるって」

「母さんから?」

「そうやね」


 納得した。今日は出て行くのが遅い日、ということらしい。


「あ、そろそろ出かけないと」

「確かに、もう時間や」


 揃って時計を見上げる。

 時刻は朝の8時。急ぐ必要はないけど、そろそろ出る必要がある時間だ。


「先に行っててもいいから」


 そう言い残して、2階に戻る。

 真澄の通う高校は、僕の家から自転車で20分というところで、僕の通う男子校より少しだけ遠い。

 先に行ってもらった方が遅刻しなくて済む。そう思ったのだけど。


 1階に戻ってくると、ソファに座った真澄が待っていた。


「いや、そんな気を遣わなくても……」

「気を遣ったわけやないよ。ウチがそうしたかっただけ」


 思わせぶりなことを言うのはほんとにずるい。


 玄関を出て、自転車を引っ張り出してくる。

 すると、真澄の方も同じように自転車を引っ張り出してくるのが見えた。

 実は、僕と真澄の家は道路を挟んで真向かいなのだ。


「小学校の頃は、よく、一緒にこうしてたね」

「そやね。懐かしいわあ」


 感慨深げにそう言う。


 横に2列になって自転車を漕ぐ。

 こんな光景もいつぶりだろうか。


 そういえば。今日は真澄の気まぐれでこうすることになったけど。

 また以前のように過ごすことができないかな。


 そう思うと、自然と言葉が出て来ていた。


「あのさ」

「ん?」


 自転車に乗りながらなので、首を少しだけ横にしてこちらをみてくる。


「真澄さえよかったら……よかったら、なんだけど」

「よかったら?」

「これからも、こうやって、家に来て、もらえないかな」


 勇気を出して、望みを言葉にする。

 真澄のことだ。単に気まぐれで家に来ただけかもしれないのだ。

 

「ウチもそうしたかったんや。コウさえ良ければ、いくらでも」


 横顔が少し恥ずかしそうだったのは、気のせいじゃないと思いたい。

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