第2話 ループ
ようやく電車の最後尾にたどり着いたとき、左手の時計は8時24分を指していた。まもなくこの電車は6回目の脱線事故をおこす。僕は目いっぱいの力を込めてステンレス製の手すりにつかまった。
「ガツン! ゴゴゴゴ…」またあの凄まじい衝撃とともに轟音が響き渡る。電車は前側から右に傾き出し、一両づつ倒れ始めた。だが、僕がいる最後尾の車両は斜めになりながらも横倒しにならずに済んだ。
次の瞬間、「ガシャーン! バキバキバキ!」
左手にはめた時計の針は、午前8時25分で止まっていた。すると徐々に視界がぼやけていき、僕は気を失った。
どれくらいの時間が経ったのだろう。目が覚めると僕は自宅のベッドで横になっていた。まるで映画の主人公にでもなったような気分だった。ただ、頭の中には「なぜ」という言葉がずっと繰り返し駆け巡っていた。
すると、部屋のドアがカチャッと開いて、その隙間から母さんが顔をのぞかせた。「カヲル、いつまで寝てるの。早くしないとまた遅刻するわよ!」
いつもの声を聞いてなんだか安心はしたが、あんな事故があった後の息子にかける言葉ではない。僕はかなりムッとした声で母さんをたしなめた。
「母さん、あんな事故があった後に遅刻とかどうでもよくない? 僕さ、あの後どうやって帰ってきたかも覚えてないんだよ、どっか怪我をしたかもしれないし…。とにかく今日は休むよ! ていうか、普通は休ませるでしょ!」
母さんはポカンとして僕の顔を見つめている。すると、みるみる母さんの顔色が変わっていくのが分かった。母さんは大きく息を吸い、そしてしばらく天井を見つめて、こう切り出した。
「カヲル、何があったか話してくれる?」
「何があったかなんて説明するまでもないでしょ! あんな大きな電車の事故に遭遇したんだから、学校ぐらい休むに決まってるでしょ! 母さん、おかしいよ!」
僕はついイラついて母さんに怒鳴ってしまった。そんな僕をなだめるように母さんは静かに、そして注意深く、こう切り出した。
「カヲル、あのね…、落ち着いて聞いてね。事故は…、事故なんてね、起こってないんだよ。」
「何を言ってるの?」僕はあきれて、ため息をつきながら母さんの顔を呆然と眺めた。僕の
「あのね…」僕が抗議の言葉を発する前にそれを母さんが手でさえぎって、ベッドの横に座り、僕の目をじっと見つめながら話しだした。
「何度もループしたでしょ?」
僕は心底驚いた。あの不思議なデジャビュのことを何で母さんが知っているのだろう? 心臓がバクバクして、心拍数が上がっていく。顔が紅潮していくのを自分でも感じた。そんな僕の様子を気づかいながら母さんは続けた。
「カヲルが小さいころから経験していたデジャビュ…。何度か母さんにも聞いてきたことがあったでしょ? 同じことを前にも経験したって…。あのとき、母さんはそれを、『デジャビュだよ、誰にでも起こることなんだよ』って説明したよね」
僕はゆっくりとうなづいた。
「でもね…、あのね…、あれは、ウソなの…。」
僕は頭が真っ白になって、「母さん…、何言ってるの…、分かんない…」
するとまた母さんは手で僕の話をさえぎった。
「いつか、こういう日が来ると思っていたのよ。カヲル自身がこれを経験する日が来るって…。」
「カヲルが経験した、事故? どんな事故か母さんには分からないけど、ひとつだけ分かっているのは、その事故でカヲルが死んだってこと」
僕は、さっきまで喉から飛び出しそうだった言葉の全てを失った。
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