デジャビュ

高ノ宮 数麻(たかのみや かずま)

第1話 デジャビュ

「この景色は以前どこかで見たことがある」「この場面、前にもあった」

誰でも一度や二度は経験したことがあるデジャビュ。なぜデジャビュが起こるのか、その原因は未だ医学的にはっきりと解明されていない。


子どもの頃、母親に何度も聞いたことがある。「ママ、今ってさ、この場面って、前にもあったよね」


母親は優しく諭すように僕にこう言った。「カヲル、それはね、デジャビュっていうのよ。初めて来た場所や、初めて経験することなのに、前にも見たって感じたり、前にも体感したって思うこと。このデジャビュは、誰にでも起こることなの。」


幼い僕は、ああ、そうなんだ、不思議だなって思った。そのとき、壁にかけられた古い時計がボーン、ボーンと時を知らせた。僕は、その音が鳴るタイミングさえも前に経験したことなのになあ、と思っていた。


僕は、これまで何度も、何度も、デジャビュを経験した。小学校の授業中、家族で出かけた旅行先、初めての恋愛、中学の卒業式、数えきれないほどのデジャビュに僕はすっかり慣れてしまって、「僕にとっての同じ場面」を繰り返すことが全く不思議ではなくなっていた。


でも、僕の母さんが言っていたことは間違っていた。いま、僕は4回目の「いま」にいる。


もうすぐ午前8時20分。これから5分後、僕が乗っている電車は脱線して、反対側から来た電車と衝突する。激しい衝撃で、電車の車体はくの字に折れ曲がり、多くの乗客が押しつぶされて圧死する。僕がこれから目撃する情景は、まるで本当の地獄だ。


けたたましく響き渡る悲鳴の後、僕の目の前が乗客の血で真っ赤に染まり、僕の意識がなくなった次の瞬間、また午前8時20分の「いま」に舞い戻った。「いま」に戻ったとき、いつものデジャビュと違ったのは、その恐怖感だ。つい直前に僕が体感した凄惨な事故の記憶は、僕が体感してきた「日常のデジャビュ」とは全く異質だった。


このデジャビュは、母さんが教えてくれたあのデジャビュじゃないってことに、僕はようやく気付いた。そしてその5分後、またあの地獄が繰り返された。


5回目の「いま」に戻ったとき、僕は事故から逃げ出さなきゃと思った。乗客をかき分け、出来るだけ後ろの車両を目指して進む。満員電車の車内で必死で移動する僕に対して他の乗客は皆、あからさまに迷惑がる視線を浴びせた。


間もなく午前8時25分。僕はとにかく最後尾の車両を目指してひた進んだ。









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