1-23 迎えてくれる人


「たっだいまー!」


家のドアをガチャリと開けて、元気よく帰宅の挨拶をする。

いやー、やっぱり我が家はいいですね。

まず壁と天井がある!

これがあるだけで雨風を防いでくれる。

どんな暴風雨でも体が濡れて体温が下がることがなくなる優れもの。

次に床がある!

地面が土だったり草だったりしないの。

周辺の木を伐採して加工した地産地消の床で、虫も来ないし横たわっても泥汚れしない。

衛生面最高ですね。

次にとても怒ったフィーナがいる!

眉根を寄せて明らかに不機嫌な表情で、無言でじーっと俺を見つめている。

いやー、これはどうしたものですかねー。

いやー。

いやー・・・。


「た、ただいま〜・・・」

「・・・」


いやー・・・・。

テーブルの上にはホワマリンの乗せられた皿が二つ、それぞれの席の前に置かれている。

どうやら俺の分の食事も作って、手をつけずに俺の帰りを待っていてくれたようだった。

ええ子や。本当にええ子やで。

やっぱりフィーナのために自死してでも帰ってこようとしてよかった。


「・・・」


でもそれにしたって、この不穏な感じは一体何なのだろう。


「あの・・・フィーナ?」

「・・・こっち、きてください」


ええ子の気配など微塵も感じさせず、フィーナは自分の隣のスペースを静かに指差した。


「う・・・・うん・・・・」


俺は素直に従って、そそくさと移動をする。

自然とフィーナの座る席の近くに立つ格好になった。


「・・・」

「・・・」


そして無言である。

フィーナは俺の方を向くわけでもなく、少し俯いている。

見下ろすような形になっている俺はフィーナの表情を窺いたかったが、金髪の前髪に隠れて様子はわからなかった。


「・・・き、今日もホワマリン美味しそうだねー?まだ焼いてそんな時間経ってないよね?それなら冷めないうちに、早めに食べちゃったほうがいいんじゃ無いかなー?」


仕方なく口から適当な事を発言する。


「・・・」


だがフィーナはそれに対しても無言でいる。


「あ、あはは。それじゃ俺、先に夕食を頂いちゃおうかなー?」

「食べちゃダメですっ」

「え?あ、そう・・・?」


席につこうと歩き出そうとしたら、短くピシャリと注意をされてしまう。

結局フィーナの近くから移動することもできず、俺も黙り込んでしまう。


「・・・」

「・・・」


空気が重い。

互いに言葉を発さぬ環境が成立してしまった。


「・・・」

「・・・」

「ゲンキさん・・・!」

「はい・・・!?」


無言の壁を打ち破り、フィーナが口を開く。


「私に何か言うことはないのですか・・・?」


フィーナに、何か、言うべきこと・・・。


一体何のことだろうと思考を巡らせる。

君に革の鎧を作るための素材を集めに出かけたこと。

素材集めの過程でギュードトンに襲われて危うく死にかけたこと。

渓谷の急流に流されてどうにか逃げ延びたこと。

でもどうにか素材は守りきって、逃げて岸に辿り着いたこと。

そこで黄色くて優しいプリケツ妖精に出会って一緒に帰ってきたこと。

どれだろうか。

どれでもないような気がする。


「あーっと、なんだろね・・・」


ガタッと席から立ち上がり、俺を見上げてじっと見つめてくるフィーナ。

ようやく見えたフィーナの瞳は俺を非難しているようにも見えるし、少し、潤んでいるようにも見えた。

俺はその視線に耐えられなくて、僅かに目を逸らす。


「んー・・・・」


本当はなんとなくわかっている。

フィーナが求めている言葉が何なのか。

わかっているけど、口に出し辛くて言えないでいた。


だって。

俺もフィーナのために頑張って革を手に入れたし、その素材を失わないように飛んだり落ちたり泳いだりした。

最悪、どうしても帰る見込みがないようなら命を捨ててでも帰る気持ちもあった。

フィーナのために、フィーナを心配させないためを思ってのことだ。

だから帰って早々、そんな責める目で俺を見ないでほしいと少し、思ってしまっていた。


でも。

それは俺の都合で、フィーナにもフィーナの気持ちがあるのだ。


きっと彼女も中々帰らぬ友人に、不安を募らせくれていたのだろう。

日が暮れてモンスターがうろつく時間になっているのに帰らない。

ひょっとしたらモンスターに殺されているかもしれない。

どこかで身動きが取れないでいるのかもしれない。

助けに行くにも力もない。

外に出た所でどこにいるのかも見当もつかない。

何もできない。

このままもし俺がいなくなれば、フィーナは見知らぬ土地に一人きりで生きなければいけない。

怖い。恐ろしい。泣き出して叫びたい・・・。


そんなストレスに晒された彼女の余裕のない態度に、俺は不満を感じてしまっていたのだ。


俺は本当に駄目だな。


現実の俺に彼女が出来ない理由は、こんな当たり前の事を不満に感じるからなのだろうと自己分析できる。

その分析に従って心が的確に対応できるかはまた別な事だけど。

でも、流石にフィーナの揺れる瞳を見てもその分析に従えないほど子供ではなかった。


だから俺はフィーナの視線を改めて受け止めて、こう伝える。


「ごめんなフィーナ・・・」

「・・・・」

「帰り、遅くなっちゃって、ごめんな・・・心配させて、本当にごめん・・・」

「・・・・うぅー・・・!!」


それまで不満げだったフィーナの表情が崩れて、ポロリと涙が溢れ落ちた。


「・・・・本当に遅いです!」


一度こぼれ出すと、その涙は勢いづいてさらに溢れてくる。


「・・・・いつまで待っても帰ってこないし!夜になっちゃうし!すごい心配しました!」


フィーナはそう言うと俺の胴体にタックルする勢いで抱きついてくる。

小さな顔を俺の胸に押し付けて、涙の熱がじんわりと伝わってくる気がした。


「うん・・・ありがと」

「ありがとじゃないんでずっ!?ゲンキさんはもっとちゃんとしてください!!」

「えぇっ、ごめんなさい・・・もっと頑張ります・・・」

「はい・・・はい・・・でも無事でよかっだでずっ!!」


幼女が俺の胸に飛び込んできている。

普段なら事案センサーが鳴り響くのに、何故だか今日はピクリとも反応しないでいるものだから、俺はフィーナを優しく抱きしめる。


「あぁ・・・心配してくれてありがとな」

「ありがとじゃないんでずぅっ!・・・でも、でも、よかっだでず!お帰りなざいぃ・・・!」


涙でぐっしゃぐしゃの顔を上げて、俺を心から迎えてくれる人。

そこには偽りのない本心を感じた。

現実では一人暮らしの家に帰ってゲームをしている俺の心に、フィーナの心が沁みて暖かくなる。

泣き顔を見せたくないのか、フィーナはすぐに俺の胸に顔を押し付けて、もう金髪の頭しか見えなくなっている。


「あぁ、ただいま・・・フィーナ」


俺は心優しい同居人に帰宅を告げる。

今日、無事に帰ることが出来て良かった。

帰ってきて、本当に良かった。

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