1-22 家路への花畑
「・・・・」
「・・・・」
そこから先は、俺もテンも無言のまま森を歩いていた。
さっきの話で、俺はまだ決め切れないでいる。
道案内をしてもらう都合上、俺はまたテンのケツを追いかけている。
だが、さっきまでは艶肌良くプリプリと俺を挑発していたプリケツが、今は岩のように力を入れてギュッと固くなっていた。
どうやらテンは真面目な話をした後はケツに力が入るようだな。
死ぬほどどうでも良い豆知識を手に入れてしまったことに強い後悔を覚える。
悔しいから一度ケツをひっ叩いてやろうかとも思ったが、そう考えた矢先に、森を抜けた。
抜けた先の景色はにわかに夕焼け色が滲んでいた。
森の中だと気づかなかったが、既にかなり日が傾いていたようだ。
「ここまでくればもうちょっとでんがな〜!」
森を抜けた先の草原で、テンはくるりと宙返りをする。
「もうちょっと着きますから、死んだらあきませんでゲンキはーん!」
そう言えば、確かに俺がテンの前で自害する刻限まで後僅かでもあった。
俺の無茶振りに律儀に答えてくれるテンは、良い奴だ。
「はいはい、わかったよ・・・とっ!」
テンに続いて後から森を抜けた俺は、草原の光景に目を奪われる。
そこには、沢山の白い花が群生していた。
まるで人の手が入ったかのような綺麗な花畑。
草原一面に生える白い花は、夕焼けの日差しに当てられ橙色に紅潮している。
その火照りを冷ますように風が草原を吹き抜けて、涼しげに揺れてさざめく白い花。
・・・そういえば。
「なぁ、テン」
「でんがな〜?」
俺は白い花を見て、フィーナとの約束を思い出す。
「・・・もし、さ」
「がな〜?」
「もし、ゴドゥをやり過ごして、その先に行けたとしたら・・・」
「・・・」
「そしたら、白い花で約束をする国に行きたいんだ。・・・そういう風習の国の噂って、聞いたことないかな・・・?」
「白い花・・・・」
俺は屈んで小さな白い花に触れる。
「今、うちの居候してる女の子、フィーナっていうんだけど・・・」
つい先日、約束の花を交換した少女。
腹を空かすとすぐに腹の虫が鳴る食いしん坊で、モンスターに遭遇すると思わず粗相をしてしまう気の弱さもあって、でも、本当は故郷に帰りたい気持ちを気丈に隠して耐えていた健気な子。
「フィーナとさ、約束したんだ。そいつを家に連れて帰ってやるって。・・・花を交換して、絶対に生き残って、はぐれても絶対に見つけ出すって」
そしたら彼女は喜んで・・・。
「だから俺、やっぱり行かないといけないといけない。約束、したんだ・・・!」
「ゲンキはん・・・」
先行していたテンは俺の目の前まで戻ってきて、中空に浮いている。
「ゲンキはん、でも、本当に死んでしまうかもしれないんでんがな・・・」
「あぁ・・・」
「フィーナはんでっか?その子も死んでしまったら元も子もないでんがな?残ってここで暮らすべきでんがな?」
「テンの忠告は最もだ。・・・けど、必ず送り届けるって、決めたから・・・!」
俺はフィーナがいてくれる事は一向に構わないが、フィーナとしてはこんな狼男と一緒にずっと暮らすのは酷だろう。
だから早く、本当の居場所に帰してやらないといけないんだ。
「・・・ゲンキはん・・・んんんん!!」
煮え切らない俺を前に、腕を組んでググッと力一杯に考え込むテン。
「ん、もーーー!」
そして一度空高く飛び上がると、宙返りをして俺の目の前に戻ってくる。
「もー!そう言う事ならしょうがないでんなぁ。ゲンキはんの頑固に負けました!ゴドゥのあれこれ、アテも手伝いまんがな〜!」
「テン・・・お前・・・!」
「あぁあぁ、固いお礼とかはいりまへんがな〜?アテとゲンキはんの仲でんがなぁ〜」
「仲って、まだ出会ったばっかで、俺が世話になってるだけじゃねぇかよ・・・」
「そんなんいいんでんがな〜。妖精は誰かの役に立ちたがる性があるでんがな〜」
ケラケラと笑ってテンは空をゆっくり飛び回る。
それは少し、照れ隠しをしているようにも見えた。
「テン、ありがとう・・・!」
「もー、そう言うのいいでんがな〜!!」
打算も計算もなく、ただ助けてくれる妖精。
普通に生きていると遭遇することが滅多に無い、真っ直ぐな優しさ。
出っ歯がムカつくとは思ったけれど、俺は今日、この妖精に出会えた幸運を有り難く思った。
◆
白い花畑を抜けると、山の隙間を縫うような小道があった。
そこを抜けると俺の家が見えた。
家の窓からは灯りの光が見える。
煙突から煙もモクモクとでているから、夕食の魚を焼いているところだろうか。
「俺の家だ!テンの道案内、完璧だな!」
「当然でんがな〜!」
流石に日は沈んでしまっているが、まだそれほど時間は経っていない。
俺が帰らないことにフィーナはヤキモキとしているだろうが、まだ家を飛び出すような無茶はしないだろう。
少なくとも食事を終えて一服付くまでは猶予があるはずだ・・・!
「本当に助かったよ!」
「いいんでんがな。アテもやりたくてやったことです。・・・それじゃあアテはこれで、一旦お暇させて頂きまんがな〜」
「え、なんでだよ?家に寄っていきなよ?」
スッと、もと来た道を戻ろうとするテンを呼び止める。
道に迷っていたのを送るだけ送ってもらって、あとは帰らせるなんてことはできない。
俺のリクエストにしっかりと答えてくれたテンは、俺にとっても、引いてはフィーナにとっても恩人だ。
そんな功労者を無碍に扱うなんて、出来るはずがない。
「うーん、そうしたいのは山々ですが〜・・・アテは、その〜」
「何だよ?あ、ひょっとしてフィーナが女の子だから照れてるのか?」
「うーん・・・ちょっと違うんでんが、似たようなものでんがな〜」
もじもじとして、奥歯に物が挟まっているような物言いのテン。
「別にフィーナはんが嫌とかじゃないんですが〜・・・妖精は人間にはあまり出会いたくないんものでんがな〜」
「え、何でさ?別にとって食べたりとかされるわけでもないだろ・・・」
言いながら妖精に噛り付くフィーナが一瞬頭を過ぎったが、まあ、大丈夫だろう・・・!
「それに恩人じゃないか。ちゃんとお礼させてくれよ。ホワマリンも沢山あるし」
「折角なんでんが〜、妖精は人間が苦手なんでんがな〜・・・」
「そんな・・・」
「でもこれはフィーナはんがどうこうではないんでっせ?そこだけは勘違いしないでほしいでんがな〜」
「ん・・・そっか」
テンの声音の強さから、俺が何を言っても考えは変わらない意思を感じ取り、それ以上テンを引き止める事をやめた。
「そしたら今度、ちゃんとお礼をさせてくれよな?」
「はい〜。それはもう。期待してまんがな〜」
本当は何の見返りも求めていない妖精が、俺の調子に合わせてニコリと笑ってくれる。
「それに、これから『下』へいくお手伝いをバリバリさせて頂くでんがな〜。また会いに来ますから安心してがな〜」
「おう、頼りにしてるぜ!テン!」
「がな〜!」
俺は拳を突き出して、テンも黄色い小さな拳を突き当てる。
「じゃ、またな!」
「はいはい〜。また〜!」
拳を離すと俺たちは振り返り、各々の家路につく。
家の煙突から出ていた煙がもう無くなっていたから、フィーナは既に食事に入っているかもしれない。
フィーナの暴走が始まる前に帰らなければならないと思い、俺は野道を駆け出した。
走りながらテンとのやり取りを思い出して、人間と妖精の間には何か良からぬ因縁でもあるのだろうかとふと思った。
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