第3話
「WIZARDsのお二人、本日の特別賞おめでとうございます!」
試合後、私とエトくんはカメラの前でインタビュアーの女性にマイクを向けられていた。
総合順位は1位ではないものの、私が調子よく撃ちまくったおかげで私たちは今日一番多く敵プレイヤーを倒したチームになってしまったのだ。そういったチームには毎回、特別賞として五万円の賞金がもらえる。
それでインタビューを受けているわけだ。この映像も放送されている。そう思うと緊張して顔も強張る。
「今日はミヤナのプレーが良かったので助けられました」
まったく緊張などしていなさそうな自然な笑顔でエトくんが私を持ち上げてくれる。その流れで今度はマイクが私に向けられた。やばい、頭が真っ白だ。
「えーっと。先週は調子が悪かったので、この一週間で改善できるところはエトにも相談しながら調整して今日は会場入りしました。それで……」
自分でも何を言っているのかよくわからないうちに、インタビューは終わった。カメラスペースを離れると、今度は今日の暫定総合1位のトノさんのチームがやって来てインタビューを受け始める。
気が付けば今シーズンも後半に差し掛かっている。これからシーズンの総合優勝と近々開催される国際大会の日本代表枠をかけて、順位争いは激化するだろう。あそこで暫定1位のインタビューを受けるのも、選手たちの目標になるはず。
羨望の眼差しとともになんとなくインタビューの様子を見学していると、エトくんが「すげえなあ」とため息をついた。
「日本代表とかなってみたい」
「そうやな。うちら今12位かー。行けなくはないよね」
頑張れば巻き返し可能な位置ではあると思う。本当にできるかは置いておいて。毎週、ときには平日の練習試合で、いつも実感している。
上には上がいて、生まれつきのセンスの良さにはどうあがいても追いつけなくて。
どんなに上手い人が相手だろうと状況の有利さやまぐれで勝てることはたまにあるけれど、そんなときの私はラッキー、って素直に喜ぶだけで、実力で勝ったわけじゃないことを残酷なほどに理解している。
そういう圧倒的な才能の持ち主は、毎週のように特別賞や暫定1位を手にしている。トノさんのように。今日の私はまぐれだ。
「私にもトノさんくらいセンスがあればなあ」
「何言ってんの。ミヤっちもあるじゃん。俺、初めて対戦してやられたときも、初めて一緒にプレイしたときも、こいつすげえってしびれたの覚えてるもん。センスないのは俺のほう」
言いながら見せられたのは、彼のスマホの画面だった。SNSに、試合を見ていたらしい誰かから届いたメッセージ。
《女の子に負けるな! エトも自力で特別賞取ったれ!》
大学生にもなるとオンナノコ、なんて直接呼ばれることはあまりないけれど、世間的にはまだまだ私は子どもなんだろうな、と急に自分が幼くなった気がしてくる。
「俺も頑張るわ。センスなくたってバカみたいに練習したらなんとかなるかもしんないじゃん。ミヤっちと一緒にもっと順位上げたい。練習付き合ってくれる?」
罪悪感がこみ上げてきた。エトくんに対して。怒りがわいてきた。何かに対して。
負けるな。女なんかに後れを取るな。女の子とペアを組んでいるおかげで、きっとこの人は同じような言葉をかけられ続けているのだろう。
そしてエトくんがそんなことを言われるということは、私が馬鹿にされているということだ。本当はエトくんよりも弱い。女の子だから弱い。ふざけんな。
「ごめん。正直、1位とか日本代表とか無理って思ってたけど、そんなのわからへんやんな。ほんとごめん。練習しよう」
「や、謝らなくても。てか、そんな暗い顔すんなよお、なんだかんだで特別賞じゃん今日。よかったよかった」
軽く背中を叩かれて、私は小さくうなずいた。
ごめんねエトくん。それでもチームメイトでいてくれてありがとう。
手のひらを差し出されて意味がわからずぽかんとしていたら、ハイタッチだろと急かされた。
同じようにして両手を持ち上げる。私とエトくんの手がぶつかり合うと、ぱちんと気持ちいい音が鳴り響いた。大丈夫、来週の試合はエトくんも私も一緒に活躍できる。
もう一度カメラスペースに目を向けると、トノさんたちのインタビューも終わったところだ。
挨拶してから帰ろうかな、と思っていると、私とエトくんの背後をスタッフが二人、会話しながら通り過ぎていった。
「インタビュアーの
「試合日のたびって今日? 変な想像させんなよ。てか俺は、高木さんは他の選手と寝たことがあるって聞いてんだけど。ヤリマン? それかデマかなあ」
「さあ。本人に直接聞かねえと真実はわからんだろ」
「聞けるわけないじゃん。そんな勇気ないっての」
笑いながら廊下を歩いていく後ろ姿を見つめる。エトくんが「くそだな」と小さくつぶやいた。
この距離だと本人たちにも聞こえているんじゃなかろうか。そんな私の心配は見事に当たって、ちらりと目を向けた先にいたトノさんはエトくんとまったく同じ表情をして廊下の奥を見ている。さらに彼の隣に立っていたインタビュアーの女性、高木さんとは目が合ってしまった。
固まっている私たちの中で一番最初に動いたのはトノさんだった。
「二人ともお疲れ。特別賞おめでとう」
あっという間にいつもと変わらない爽やかな笑顔に戻ったトノさんが、片手を上げた。
「トノさんこそ、総合1位すごいよ。俺らも順位上がるように頑張んなきゃなー」
エトくんもけろっと明るい声に切り替えて、トノさんのところに駆け寄っていく。居心地の悪い変な空気は一瞬にして消え去った。
「ミヤナさん、今日は大活躍でしたね。見ていて私も楽しかったです」
「あ、はい……ありがとうございます」
いつの間にか歩み寄って来ていた高木さんに話しかけられた。近くで見ると肌はすべすべで人形みたいな人だ。ナチュラルメイクを施した顔はやわらかい笑みを浮かべていて、彼女もスタッフの会話を気にしている様子はない。
本業はファッションモデルの芸能人だから、こういうことには慣れているのかもしれない。
「私、三年ほど付き合ってる彼女がいるんです。彼氏じゃなくて」
「……え?」
挨拶のついでのように放たれた高木さんの言葉に瞬きをすると、彼女はいたずらっぽく舌をべーと出した。
「だからあんな噂、嘘っぱち。ホントの私なんか知らないくせに、ばっかみたい」
「……高木さん」
「好きでもない男と寝るわけないし。大事な人がいるのに」
思わずふふっと笑ってしまう。そんな私を見た高木さんも笑みを深める。
「じゃあ、次の仕事があるので失礼します」
「はい。お疲れ様です」
会釈をして去っていく高木さんのすらりとした後ろ姿は、格好良かった。
「あれ? 間宮さん今日ひとり? 優斗は?」
金曜四限の授業が始まって少し経ってから教室に入ってきた優斗の友人が、私の前の空いていた席にどかっと腰かけた。
月曜日に同じ授業を取っている遅刻常連集団のうちの一人だけれど、今は私と同じく一人みたいだ。
「優斗、来てへんのよね。何か聞いてへん?」
「や、別に。俺もこの時間は来たり来なかったりやから」
「この時間も、やろ。でもそっか、忙しいんかなあ」
「あいつが休むって珍しくない? 体調悪いとか」
私は首を傾げた。確かに彼の言う通りだ。一応スマホでどこにいるのか連絡してみたけれど、今のところ返信も既読もついていない。体調不良で寝ている可能性もある。
明日は試合だから、学校が終わったらいったん家に帰って着替えてから夜行バスで東京に向かうつもりだ。その前にちょっとだけ優斗の家に寄ってみようか。
彼の家までの道順を思い出しながらぼんやりと授業の内容を聞き流しているうちに四限は終わり、結局優斗からの連絡はなかった。
優斗は大学から歩いて数分の学生マンションに下宿している。
自分の家で明日必要なものを詰めたバッグを持ってから彼の部屋に行ってみたけれど、インターホンを押しても返答がない。
彼も少し忙しかっただけで、私が気にし過ぎるのは迷惑かもしれない。それにもう行かないとバスの時間もある。だけど連絡なしに授業を休むなんて滅多にないから心配。
どうしようかと迷っていると、スマホがバッグの中で震えた。
優斗からメッセージが来ていた。
《ごめん、授業休んだ。今からバイト》
電話をしてみると、すぐに通話は繋がった。
「今日来ないからびっくりした。なんかあった? 体調悪かったとか」
「ううん。そうじゃないねん、けど」
歯切れの悪い返事をされる。けど、の続きがあるのかと思って待っていると、妙な沈黙が数秒続いてしまい、思わず「え、」と声を漏らした。
「……ごめん。今あんまり奈緒と喋りたくない」
「え?」
「今から夜行で東京行くんやろ。いってらっしゃい」
「ちょ、待って待って。なに? どういうこと?」
いらいらしている様子が声だけでわかる。何か怒らせるようなことでもしただろうか。電波を通して、優斗が深呼吸する音が聞こえた。
「……今日な、ゼミで同級生に奈緒の話をされてん。プロゲーマーのミヤナってお前の彼女の間宮さんやろって。ネットでビッチとか、何人もの選手と何股もかけてるとか、いろんなこと書かれてるけど大丈夫なんかって。もし浮気されたりしてんなら別れたほうがいいんちゃうかって」
頭の中が白くなっていく。思考が働かない。
「そんなの……私だけじゃなくて、他の選手も書かれてるよ。こないだなんか、インタビュアーのタレントさんも選手と噂になってた。ぜんぶデマやで」
私の頭の中は、大学の課題とゲームと優斗と、ほんの少しの友人関係で占められている。毎日が手いっぱいで新たな異性が入り込む余地はない。
「まさか、ほんまに疑ってる? 噂、信じた?」
私よりもはるかに落ち着いていて、そんなネットに流れているあることないことに興味なんてなさそうなこの人が、私を疑うわけがない。そう思いながらも、私の声はかすれていた。
「奈緒はそういうことせえへんってわかってるけど、正直わからん。だって俺、ミヤナとしての奈緒のこともゲームのことも、よく知らんから。東京でどんなふうに試合に出てるのかも、どんな選手と仲良くしてるのかも。今から奈緒がその、俺にはよくわからん場所に行くって考えるとなんか、奈緒に会っても優しくできひんって思ったから授業休みました、ごめん。冷静になるまで時間ください」
「私が付き合ってるのは優斗やし、他の誰とも浮気も何もしてへんよ」
「頭ではわかってるよ、でも」
「でも、信じきれへん?」
一拍置いて、ああ、ともうう、とも聞こえるもどかしげな返事をされる。そう、と私はつぶやいた。
「とりあえず、いってらっしゃい」
「わかった……」
何にせよ、バスの時間が迫っている。
優しくできないなんて、嘘だ。最後のとてもやわらかい「いってらっしゃい」が、耳に残っていて泣きそうになる。通話を切ってから、重い足に力を入れてバス停まで歩いた。
優斗は私が浮気しないってわかっている。だからほんの少しの疑いの気持ちを捨てようとしている。
今の電話は私を責めているわけじゃなかった。不機嫌な状態から脱出するまで待ってほしいというお願いだった。彼は自分で自分の気持ちをコントロールしようとしているのだ。なんてできた人間なのだろう。
私は、そんな人を不機嫌にさせた私が嫌いだ。大嫌いだ。
嫌いだと頭の中で唱えながらも足はバス停へ近づいていく。優斗の気持ちをわかっていながら、東京へ行こうとしている。
出場選手登録されている以上、私は行かなきゃいけない。エトくんを始めWIZARDsの人たちや運営に迷惑をかけることになる。サボるという選択肢はあり得ない。
ふと、もう辞めればいいやと思った。
そうだ、プロゲーマーなんか辞めよう。ミヤナは今シーズンで引退だ。そうしよう。
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