よくわからん、くそで、ばかみたいな

中村ゆい

第1話

 好きだから始めたはずなのに、ゲームの大会に出場するのはとても怖い。試合前や試合中は、逃げたいとすら思っている。


 薄暗い照明がぼんやりと必要最低限の光を散らす会場。座っている私の目の前には、ぎらぎらと強い光を発するパソコンの画面がある。耳には私の頭を優しく締め付けるイヤフォン。

 ゲーム画面の中に映る、アパート二階のとある一室のグラフィックは、いかにもサバイバルゲームらしく生活感のない、どこか殺伐とした雰囲気を醸し出していた。イヤフォンからは、上の階で繰り広げられているらしい銃撃戦の音が小さく聞こえる。

 私の両手はマウスとキーボードに軽く乗せた状態ではあるものの、正直少し震えていた。

 いつ敵が来てもおかしくない。部屋に敵が入ってきた瞬間、撃つ。そう決めて私が操作しているアバターはライフル銃を構えているが、これ以上緊張が続くとどうにかなってしまいそうだ。

 唯一の味方であるチームメイトのエトくんは、ひとつ上の三階にいて私は一人。誰も助けてくれないし、自分が敵を倒すしかない。


「あと一人だよ」


 銃声が消えるのと同時に、三階にいたペアのエトくんがボイスチャットでそう知らせてきた。ゲーム画面端に表示されている生存人数も4から3に減った。彼が一人倒したから、残りは私たち二人と、もう一人。

 だから、気が緩んだのかもしれない。足音に気づくのが一瞬遅れてしまった。


「あ、やばっ」


 部屋に入ってきた敵に慌てて反応する。照準が定まらないまま撃った弾は敵を倒すにはほんの少し手遅れで、相手の体力を削りきる前にこちらが倒されてしまった。


「二階の階段前の部屋!」

「了解」


 エトくんに位置情報だけを伝えて、私のアバターはゲームオーバーとなった。

 結局、一人残ったエトくんも倒されてしまい、私たちが所属するチームWIZARDs(ウィザーズ)は、その試合で二番目に高い勝ち点を得た。

 冷や汗でべたつく手をユニフォームのポロシャツにこすりつけてから、少し乱暴にヘッドフォンを外す。

 今の試合、何もできなかった。

 今だけじゃない。今日行われた数試合すべて、チームの点数は悪くないものの、私個人としては全然活躍できなかった。

 気が張り詰めている時間帯は終わったはずなのに、胸は別の意味で動悸がしている。一体何人が今の試合のライブ放送をネットで見ていただろうか。ネットの動画は視聴者が気軽にコメントを書きこめるところが特徴だ。

 それにきっと、他のSNSでも試合について何か書く人がいるだろう。


「ミヤっち?」


 他のプレイヤーたちが席を立つ中で座りっぱなしの私を見て体調が悪いと思ったらしいエトくんが、隣の席から心配そうな顔で声をかけてくれる。


「うん、大丈夫。お疲れさま」


 これからしばらく、私は見知らぬeスポーツファンたちから戦力外選手扱いされるだろう。だけどそんなことは野球選手だってサッカー選手だって試合で上手くいかなければあることだ。私だけじゃないから耐えなければいけない。




 サバガンこと「サバイバル・ガンナー」というPCゲームで初めて遊んだのは高校生のときだった。大学生の兄が遊んでいるのを見て面白そうだと思ったから私もやりたいと言うと、自分がいないときは好きに使えとあっさり貸してくれた。

 エトくんとオンライン上で出会ったのは、その直後だった。

 私は最初、そのゲームがFPSであるということと、エリア内にいる複数のプレイヤーがオンライン対戦で銃による撃ち合いをして、最後まで生き残れば勝ちという基本のルール以外はあまり理解していなかった。だから普通の初心者はすぐに負けることもわかっていなくて、最初から何度も勝つものだから、あんまり難易度の高くないゲームなのかなと思っていた。

 エトくんとは何度かオンライン対戦でマッチングしていたらしく、向こうからチャットで声をかけられた。そこでやっと、自分が初心者のくせに上級者並みに上手い部類に入っているらしいことを教えられたのだ。


「まだ始めて二週間? やべー、これが天才ってやつか。FPSの申し子かー」


 初めてのボイスチャットで聞いたエトくんの声は、ヤギに似ていて少しいがらっぽいけれど、本人の明るさがにじみ出ていて好印象だった。

 向こうは向こうで私が女だと知らなかったから、声を聞いて驚いているようだった。言われてみれば私は兄のアカウントをそのまま使っていて、ユーザーネームはジェイソン。普通なら女だとは思わないだろう。

 兄の名前は健三けんぞうなのだけど、いったい何がどうなってこんな外国人じみたネームを設定することになったのだろうか。


「ジェイソンさん、いつもソロモードで遊んでる? 一回俺と一緒にペアモードやらない?」

「そんなモードがあるんや。知らんかった」

「えっ、知らないまま遊んでたのか? このゲーム、一人プレイ用のソロモードの他に二人でチーム組むペアモードと三人で組むトリオモードがあるんだよ」

「じゃあそのペアモードやってみるから教えてほしい」


 これをきっかけに、私たちはペアモードで一緒に遊ぶようになった。ジェイソンという名前が気に入らなかった私は自分用のアカウントを作り直した。

 新しいユーザーネームは本名の間宮まみや奈緒なおの真ん中を取って「ミヤナ」だ。

 そのうち、エトくんに誘われて非公式のオンライン大会に一緒に出場するようになった。奇妙な不快感を持ったのは、エトくんとの何回目かの大会出場のとき。結果は準優勝だった。

 その大会はエントリーするにあたって、出場者の性別を入力する項目があった。別に性別を隠しているわけではなかったから何も考えずにエントリーしたのだけれど、周囲の反応は少し違った。

 あとで主催者がライブ放送していた試合実況のアーカイブを見てみると、実況者はミヤナが今大会唯一の女性出場者であることを、とても珍しいことであるかのような口調で紹介していた。

 その動画をリアルタイムで見ていた視聴者からのコメントのアーカイブも見ることができた。そこには、女!? と興奮したようなコメントや、顔見せろ、可愛いのか? といった確認しようもない要望が書き込まれていた。


「大会に出る女の人って、そんなに少ないの?」


 基本が人見知りの私は、エトくん以外のオンラインゲーマーとはほとんど交流がなく、ゲーム愛好者の男女比もよくわかっていなかった。そんなものを知らなくてもゲームは楽しくできたから。


「言われてみれば女の人って珍しいかも。でもユーザーネームだけじゃ性別不明な人もいるし、正直よくわかんねえわ」

「ふうん」


 エトくんの返事が心底どうでもいいって感じだったから、彼にとっては私が男だろうと女だろうと関係ないらしいということだけはわかる。だけど私の中では何かが気持ち悪く、胸のあたりを重くさせた。


 それからも私たちは、一緒に何度か大会に出場した。結果はまちまちだった。予選であっさり負けることもあれば、優勝することもあった。そのうち、予選で負ける回数が減り、安定して上位に残るようになった。

 そんなときに、今所属しているプロゲーミングチームであるWIZARDsにスカウトされて、二人で一緒にチームに入った。大学一年のときのことだった。

 チームスタッフからの指示でSNSを始め、オフラインの大会であるプロリーグに出場するようになり、私の中で見ないようにしていたその気持ち悪さは再び浮き出てきた。

 女性選手だからという理由で好奇の視線が向けられるのだ。活躍したときだけじゃなくて、失敗したときも。

 だから私は負けるのが怖い。

 準優勝したあの日からずっと、私は平気なふりをしながら怯えて震えて、ゲームを続けている。


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