理念で飯は食えない

奥まった部屋に

ポツリとあった社長室。


社員の生々しい声を聞こうと、

わが社の主力部隊、すなわち

建築、土木部が陣どる部屋に、

社長デスクを

移動させることにした。


「ゆくゆくは

ワンフロアにしたい」

皆が、ワイワイガヤガヤ

意見交換や議論している

オフィスが理想だ。


さて、社長室の移動。

正直、かなり抵抗された。

「人事など機密事項を扱うし

、社長室は必要です」

「社長デスク置くなら、小さな

打ち合わせスペースにして下さい」


「社長がいるとやりにくい」

寂しくもあるが、

そう言うものなのだろう。


そんなやり取りもあり、

予定より一カ月ほど遅れての、

デスクの移動となってしまった。


移動当日。


社長室に掲げてあった、

「経営理念」と「創業の想い」


創業者である、祖父自ら、

筆で描いたこの二枚の額も、

新たな執務エリアとなる社長デスク

の後ろの壁にかけ変えることにした。


総務部員が達社長の部屋の

膨大な資料を運んでくれている間、


達社長

新たに社員の休憩室となる

旧社長室に掲げてある二枚の額を

見ながら、会社の理念について

ぼんやり考えていた。


経営理念

「街と働く社員を豊かにする」


祖父は、どんな思いで、これを

揮毫したのだろうか?


果たして、

私はこの経営理念に真剣に向き合えて

いるのだろうか?


私達の会社は、この理念にまっすぐに

向かっているのだろうか?


地域を元気にする事に

貢献出来る仕事をしているのか?


そんな事を考えていた時、

建築部長が、

あるプロジェクトの概算となる

実行予算書をもって、

相談にやってきた。


建築部長は、

経営理念の額を眺める、

達社長を見ながら、


少し言いづらそうに

「社長、やっぱりこの仕事は、

とるの辞めましょう」


「いくら、地域に必要な社会施設

と言っても、ここまで利益出ない

ならきついですよ」


珍しく小さな声でそう言った。


「そうだけど」

「「街を豊かに」は、

私達の理念なんだから、

なんとか、工夫できないかな」


実はこの案件、父の思い入れある

プロジェクトでもあるのだ。


「苦しい時代に助けてくれた地域に

恩返しをしたい」


達社長は、それがわかっているから

片目を瞑ってもやろうと考えている。


「社長の想いは、

わかってるつもりです。

でも潰れたら、

何の意味もないですよ」


そう言い残し、再度、

積算検討するため、足早に、

会議室へと戻っていった。


そう「理念で飯は食えない」

これが、中小企業の現実なのである。


「理念なき経営は浅薄である」


尊敬する先輩社長の口癖は、

まだ本当の意味で理解出来ていない。


しかし、理念と利益の共存・・

そこはなんとかしたい。


答えはまだ、見つからない。

しかし達社長「絶対に諦めない」


「経営理念」と「創業の想い」

の額を見ながら、そう心に誓った。

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