チャプター 3-4 (side.都)

 日曜日の朝。目が覚めてすぐに部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。

「はぁ、はぁ……んぅ」

「おはよう、都ちゃん」

「……おはよう、ございます……」

 今日も起きてすぐにリビングに来ても、いるのは紗枝さんだけでお兄さんの姿はなかった。

「あの……お兄さんは?」

「今日も朝早くから出かけちゃったわー」

「……そうですか」

「夜、台風が来るみたいだからそれまでに帰って来てくれるといいんだけど、ねー」

 あの一件以来、お兄さんとはまともに話せていない。それどころか顔を見る事さえ難しくなっていて、言うまでもなく避けられている。



『本日のワンちゃんは──』

「あらー、可愛いわねー」

 紗枝さんと二人での朝食。何も話そうとしない私の代わりに場を和ませるテレビの音。それは、いつもなら耳に入らない音。何故なら、三人の会話がそれを打ち消していたから。

「…………」

 隣へ目をやると、空席なのがとても寂しく感じる。

 いつもならお兄さんもいて、和気あいあいとした時間だった。なのに……夢でも見ていたかのように失くなってしまった。私のせいで。

 あの日、冷静に行動していれば心配も迷惑もかけずに済んだ。その後も、すぐにお兄さんに謝っていれば嫌われなかった……。

 なのに、

『たかがストラップだよ』

 謝れなかった。。全部……全部、私が悪いのに……。

「ねぇ、都ちゃん。 ご飯食べたら、一緒にお出かけしない?」

「お出かけ、ですか」

 今日もストラップを探しに行くつもりだったので断わろうとしました──けど、紗枝さんの押しの強さに敵わず、一緒に市内のデパートに出かける事に。



「きゃーっ! やっぱり、可愛いわぁ!」

「え、えと……その……」

「次は、こっちを着てみて!」

「うぅ、はい」

 デパートに着くなり服屋へ入店。服屋へ行こうと言われた時から嫌な予感はしていましたが……案の定、着せ替え人形のように色々な服を試着させらる羽目に。

「カットソーにスウェットもいいわねー」

「あのう」

「ふふ、シンちゃんはこっちのが喜びそうねー」

「え……!?」

 そう言って紗枝さんが手にしていたのはオフショルダーのブラウス。白く、ふわっとした生地は妖精を彷彿とさせるような可愛さを感じさせる。

 しかし、私が着るには背伸びしている印象が拭えない。いくらファッションに興味のない私でも、まだ早過ぎると敬遠するくらいに。

 きっと、いつもなら着ていませんでした。

「……喜ぶ……お兄さんが……」

「着てみる?」

 その問いに対して、迷わずコクコクと頷き、試着しました。だって、その光景がイメージ出来たから。

「……どう、ですか?」

「うん。 可愛いわ」

「ふあぁ」

 つい頰が緩み、自分でもだらしない笑みを浮かべていると自覚するくらい笑窪えくぼにムズムズを感じます。それは単に可愛いと言われたからではなく、紗枝さんにそう言われるとお兄さんにも言われている気がしたから。

「じゃあ、それ買いましょ♪」

「え、買うんですか!?」

「だって、ここは服を買う場所よ? 気に入ったのなら買わなきゃー」

「で、でも……私、服を買うお金なんて」

「ふふ、そんなこと気にしなくていいわよー」

「そう言われても……」

「ほらほら、いきましょー」

「……あ……」

 それから遠慮──もとい抵抗するも、紗枝さんの押しの強さには敵わず、結局服を購入。その後も、デパートの色々なお店に入り、紗枝さんに翻弄されながらもショッピングを楽しみました。

 そして、お昼になり喫茶店で、一休みする事になりました。

「都ちゃんとのお買い物楽しかったわー」

「私もです。 でも……」

「シンちゃんが気になる?」

「……はい……」

 今日一日、どんなに楽しんでいても頭の中からお兄さんがいなくなる事はありませんでした。それどころか、お兄さんと、お兄さんなら、お兄さんは──と、もしも一緒に来れていたらと、顔が何度も、何度も浮かび、その度に胸に穴が空いているような気持ちになっていました。

 関係がギクシャクしてしまったとはいえ、私はお兄さんを嫌いにはなっていない。いや、嫌いになれるはずがない。寧ろ、今すぐにでも仲直りがしたい。

 だから、あのストラップを探している。あのストラップさえあれば元に戻れる……そんな淡い幻想きぼうを抱いてしまっているから。

「大丈夫よ」

 紗枝さんは落ち込む私の頭をそっと優しく撫でてくれました。

「だって、シンちゃんは私の子なんだから」

 優しい声が私の中で木霊する。

 本当は、自分でも分かっています。ストラップがあったって、今のままじゃダメだって……でも、何かり所がないと、弱気になって何もできない……。

「そういえば、シンちゃんね。 最近、おすしマンのアニメを見ているのよ」

「え、お兄さんが……っ!?」

「お店で借りて来てね。 友達のお家で見てるみたい。 まぁ、本人は必死に隠してるけどねー」

 なんで……どうして……。

「余程、気に入ったのかしら、ね」

 それは紗枝さんの言う通り。単に作品が良くて気にいっただけなのかもしれない。


 ──だけど。


 もし、もし他の理由があったとしたら。もし隠すのに私が関係していたら。その考えは都合が良過ぎてあり得ない夢物語のようなもの。でも、そうだとしても。

「ふあっ」

「あらあら」

 勇気を出せる。

 だって、今私の胸はこんなにも、嬉しい気持ちでいっぱいですから。

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