君の影に。
メロ
ファースト・シーズン
第1話「女の子は、未知で出来ている」
プロローグ part.1
小さな種は、少しずつ目覚めていく
暗い土の中で、ゆっくりと
花開く時を夢見続け、やがて芽を出し
空を掴むように咲き誇る
囁く声は君の為に
眩しい笑顔で
おはよう、と告げる為に
✳︎
──僕には悩みがある。
放課後、グラウンドには金属バットの爽快な音が鳴り響いていた。それは全力で走り、輝く汗を流しながらボールをキャッチする野球部員達によるもの。恐らく彼らの表情は嫉妬したくなる程キラキラしているに違いない。まさに青春の一ページだ。
そんな彼らとは対照的に埃っぽく、ジメジメした雰囲気に覆われた空き教室にいる自分。かつてマンモス校という言葉が息をしていた頃は、ここも生徒で賑わっていたらしいが、今では陰気くさい美術部の第二活動場になっている。
ここは四階建て校舎の最上階で、窓際の席を陣取ればグラウンドの様子がよく見える。だから、今日も外にいる青春球児達を窓から眺めて羨んでいた。別に、彼らみたいに球を追いかけて汗を流したい訳じゃない。どちらかといえば運動はしたくない。だが、自分の好きなものに夢中になってる彼らが羨ましいと心の底から思う。
だったら、お前も美術部員らしく絵を描く事に夢中になれやっ! なんて言われそうだが、僕にやる気がないのはそういう事じゃない。もっとデリケートな問題で他人触ってほしくない代物だ。
まぁ、そのせいでここに隔離されている訳だが。
美術部のくせに第二活動場があるのはプロ野球のように二軍制度があり、活気に溢れていると考えるのが健康的だ。しかし、そんなマンガみたいな話はなく、部の問題児を隔離しているのが実情だ。その理由は……
とはいえ、みんながみんな僕みたいにやる気がない訳じゃない。中には、一軍(美術室)に戻りたくて熱心に模写をして修練に励む者、苦手を克服するために頭を悩ましている者もいる。なので、顧問の狙いは成功して、本当の腐ったみかんが浮き彫りになる。僕を含めて。
その中でも取り分け目立っているのは、入り口からすぐ側の机で楽しそうに雑談をしている下級生の仲良し三人娘だ。その声量は、対角線上に席が約五つ分離れている僕の元まで聞こえる。それ程楽しい話題なのだろう。彼女達にとっては。
『ねぇ、聞いた? センパイまたやったんだって』
『聞いた、聞いた、ほっんと懲りないよねぇ』
『あれだけ描けるのに勿体ない。 私ならちゃんとするのに』
『ハンコウもここまで来るとイタいよね』
『でもさ、そのおかげでウチらはハゲ山に目ぇつけられない訳だしぃ。 ありがたいっちゃありがたいよねぇ』
『それは一理ある』
僕にとっては否が応でも耳に入ってくる耳障りな羽音だ。
「……くだらない」
まただ。また仲良し三人娘が僕の事で雑談をしている。毎度毎度、よく飽きないと思う。そんなに見下せる存在がいるのが楽しいんだろうか。本当に良い趣味をしている。
いつも通り心の中で悪態をついていると、いつの間にか。目の前にメガネをかけた女生徒が立っていた。
「あ、あのね、ちょっといいかな」
おどおどした様子で声をかけてきたのは美術部の副部長の
もし彼女がここに来る理由があるとしたら一つしか浮かばない。
「影山先生が生徒指導室に来てって」
「分かった。 すぐ行くよ」
案の定、呼び出しを伝えに来ただけだった。
彼女がそれを伝えるさまは、どんよりと曇った空のように沈んでいた。別に、彼女は頼まれ事を遂行しただけで気に病む必要はない。だから、そんな顔しなくていいのに。
それに僕としては仲良し三人娘の耳障りな雑談を聞かなくて済むようになったのは嬉しい。まぁ、彼女達の下らない雑談を聞いていた方がまだマシだったと思うんだろうな。今日も。
空き教室を後にする際、仲良し三人娘の方へチラッと視線をやると、ばつが悪そうに目をそらされた。それぐらいでたじろぐなら
生徒指導室を目指し、廊下を歩いていると、ポニーテールを揺らす女生徒と鉢合わせた。歩いてきた方角からして彼女もまた生徒指導室に呼ばれていたようだ。恐らく僕のせいで。
「またか?」
「うん。 部長からも言ってくれって」
「そっか、悪いな」
「別にいい」
「……そういえば、また賞取ったんだってな。 相変わらず、すごいな」
「ううん、そんな事ない。 私は描きたい絵を描いただけ」
「それで取れるんだからすごいよ、僕とは違う。 流石は我が部の期待の星、見事だよ」
心にもないお世辞を言うと、彼女はそっと目を伏せ俯いた。
「じゃあ、そろそろ行くよ。 あんまり待たせると余計に雷が落ちそうだから」
「待って」
呼び止められた時、さっきの皮肉まじりのお世辞が気に食わなかったのかと思った。
「私は、あの絵が一番キラキラしてると思う。 だから、また見せて」
返事をせずに、その場を後にした。
……最悪だ。自分の器の小ささに嫌気が指す。僕も
「どうして呼ばれたか分かるか? おぉい?」
礼節を尽くして生徒指導室に入ると開幕早々に
彼には、ぜひ転職を勧めたい。教育現場でくすぶるには惜しい人材だ。今すぐにでも別の道に進む事を検討して頂きたい。ニュースになる前に。
「すみません、分からないです」
「これじゃぁっ!」
怒声とともに机に一枚の絵が叩きつけられた。それは影山に強制参加させられたコンテストに提出した僕の絵だった。
「何度も、何度も。 こんなんで出して、おぉい、どういうつもりじゃっ?」
どうもこうもない。見ての通り。それが僕の意思だ。
「わしは何の為にお前らの顧問やっとると思っとんじゃ、えぇ?」
何の為? 僕らから余分に集めた交通費で酒を飲む為だろ。偶々、顧問の席が空いたから座ったくせに。未だに絵の事をロクに知ろうともしてないくせに!
と、口にするのは火に油を注ぐどころか火災現場でガソリンを撒き散らして踊るくらい愚かな行為なのでしない。だが、そのせいでこめかみが痛くてしょうがない。
「のう、何度目じゃ? えぇ? 怠いのう」
なら、やらなければいいだろ。権威を示すだけの暇つぶしなんか。
「熱心なわしが馬鹿らしいわ、あほんだらぁっ!」
来年には卒業していなくなる僕の為に熱心に指導してくれていたとは感激だ。その熱意の十分の一でも美術室の掃除に向ければ、少しは好かれるだろうに。
「聞いとんのかっ! おぉいっ!」
また机を力強く叩く影山。だが、そんな事で怯えるようなやつならここには居ない。それぐらい分かってほしい。
「……はぁ……」
小さなため息が僕の中でこだまする。
何でこんな目にあってまで美術部にこだわっているんだろうか。絵を描くぐらい部活じゃなくたって出来るのに。
そんな自問自答が頭を過る。だが、その答えはもう分かっており、改めて考えるような事じゃなかった。今の僕にとって美術部に所属して絵を描く事以上に絵を描く事を実感できる方法がないからだろう。
何とも悲しい絵描き少年の
いちいち言われなくたってそれくらい分かっている。絵を描き続ける事に固執しなければ救われるって。でも。
「描かないと」
「あ゛ん? なんか言ったか?」
「……いえ、何も」
「ったく、何回同じ事言わせるんじゃぁっ! わしかて暇やないんやぞっ!」
それから影山の怒声が鳴り止む事はなく、下校時間まで説教は続いた。
鬱陶しいな。もういっそのこと本気で絵を描くのはやめるか。筆を折って、紙を全部燃やして、画材道具なんかも近所の子ども達にあげて、絵を描きたくても描けない環境に身を投じれば……。いや、無理だ。どうせまた夢に止められる。
頭の中にあの影がいる限り絵を描くのを……やめられない。
──それが僕の、
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