第三十九章  石田の自殺

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「石田?」


 どこかで聞いたことのある名前だ。つい最近、大きな話題になったような……


「あ、あの三月に自殺した俳優?」

「あたしは詳しく知らないんだけど、そう、その人で合ってるよ」


「それがどうしたの?」

「ようやく八年前のが見えてきた」

「どういうことよ」


 私はベッドを飛び降りて、梢の向かいのソファーに座った。


「石田友起と八神家にがあったらしいのよ。石田が所属していた劇団蝶花は実は八神勇心が立ち上げた劇団で、数年前までヤガミグループが運営していたようなの」


「へぇー、それで?」


「石田は二〇〇八年の夏から二〇〇九年の十月まで休業していた。そして石田の復帰と同時期に、劇団蝶花もヤガミグループの手を離れた。どっちも八年前よ」


「偶然じゃないかなぁ」


「それだけだったらね。でも石田には妹がいて、彼女は今この富士宮市に住んでいるらしいの。その妹が言うには、休業していた間、石田は八神邸で使用人として働いていたそうなのよ」


「えっ、使用人?」


 私は驚きのあまりソファーの上で跳ね上がった。


「ど、どうして?」

「理由までは調べがついていないけど、とにかく彼は八年前、八神邸にいた。その年、そこで起きた何かを知っていたはずよ。もしかしたら、関わっていたのかも」


「じゃ、じゃあ、もしかして、本当は自殺じゃなくって……口止めのために――」

「どうしてそうなるのよ。口止めのために殺すんなら、とっくの昔に殺すはずでしょ」


「でもでも、石田友起ってそこそこ人気のあった俳優だよ? ドラマだってわき役だけどちょくちょく出てたし、自殺する理由なんてないと思う。あっ、まさか本当は自殺じゃなく、今回の事件と同じ犯人に殺されて……」


「さて、どうかしらね。とにかく、明日は石田友起の妹さんのところに話を聞きに行くわよ。もうアポは取ってくれたみたいだから。明日の午前十時、えーと、住所は西町○○‐9丁目。ここからなら十分くらい歩けば着く距離ね」


 石田友起が八神邸で働いていた?


 いったいなぜ……


 今回の事件が起きるほんの数か月前に、かつて八神邸で働いていた元使用人が自殺を遂げた。これは偶然だろうか。無関係とは思えない。


 しかし、彼の死が具体的にどのように絡んでくるのか、まるで判らなかった。

 石田も八年前に起きた――とされる事件もしくは事故に関係していて、その復讐として自殺に見せかけて殺されたのだろうか。

 それとも石田を殺害したのは八神勇心で、八年前の事件を知る石田を口止めの目的で殺害した? そしてその勇心は石田の仇として殺害された……?


 だが勇心は足を悪くしていた上にほとんど八神邸から出ない生活を送っていたようだし、梢の言うように八年も経ってから口止めをする意味は薄い。


「警察の出した結論は自殺に間違いないらしい。マンションの自室で、シンプルに首を吊っていたそうだよ。遺書はなかったけど、外部の工作が入る余地はなかったらしいし、生前石田が書き残していた日記が見つかったみたいなの。それによると、死の直前の彼は非常に不安定な精神状態だったようだ」


「じゃあ自殺という結論は動かないわけね」

「そうね」


 梢は煙草をくわえ、ライターで火を点けた。私は煙から逃れるようにベッドに戻り、再び横になった。


 なにがどう絡んでいるんだろう。


 新しい情報が入ってくるのに、事件の様相はまだはっきりとした形を見せない。どころか、余計にとっちらかってしまっているように思う。


 この事件が行きつく先はハッピーエンドだろうか。


 犯人が逮捕されることが果たして救いになるのだろうか。


 死んだ人間は決して生き返らないのだ。人が殺され、人を殺した人間がいる以上、どのような結果になっても、待ち受けるのは悲劇だけである。

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