第三十三章 地下室の謎
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住み込みの使用人の最後の一人、高石
主に勇心の身の回りの世話と家人たちの食事を担当しており、今朝彼の遺体を発見したのも彼女だったという。
形式的な質問を一通りぶつけ、彼女も昨夜のアリバイを証明できないことをたしかめた。
彼女は昨夜の午後九時前に翌日の朝食の仕込みを終え、勇心の寝支度を手伝ってから寮に引き揚げた。その後は他の住み込みの使用人たちと同様に、一人で過ごし、朝まで本館に戻ることはなかったという。
今朝は五時半に起き、勇心の寝室へ向かった。彼の身支度を手伝うためだ。
普段はもう少し早い時間なのだが、今日は珍しく寝過ごしてしまった。駆け足で彼の部屋に向かい、書斎から寝室へ入った。そこで、変わり果てた主人の姿を発見したのだという。
「本当に恐ろしいことでございますわ。八神グループのトップが……長い人生の最期が、あんなに無残な形で終わってしまうなんて」
「盛者必衰がこの世の心理です」と梢。
「ねぇ、お若い探偵さん。第一発見者というのは、真っ先に疑われてしまうんでしょう? 私は絶対にあんなひどいことはしていませんわよ。神と私を産んだ天国の母に誓って、絶対に」
旗子はテーブルに手をつき、身を乗り出して訴えた。その拍子に彼女がつけている薔薇の香水の毒々しい香りがこちら側に漂ってきた。
「ご安心ください。疑いというのは平等に向けられるものです。仮にあなたが第一発見者でなくても、私があなたを見る目は全く変わりません」
「ならよいのですが」
「話を戻しましょう。訊きたいのは、あなたがこの屋敷で働き始めた時のことです。八年ほど前、使用人たちの総入れ替えがあったそうですね。それまで勤めていた使用人たちがクビになり、高石さんをはじめとする新しい使用人が雇用された」
「はい。そのように聞いております」
「何が原因でそのようなことになったのか、ご存知ですか?」
旗子は二重になった顎を撫でながら、
「いえ、見当もつきません。あの、それが事件に関係があるのでしょうか?」
「それはまだ判りませんが。そうですね、ではその頃の八神家の様子というのはどうでしょう。あなたが働き始めた時、何かおかしいな、と思うようなことはありましたか?」
「これといって……。あ、そういえば」
旗子はわざとらしく両手を合わせた。
「なんですか?」
「おかしい、というほどのことではないんですが、西棟の地下室がしばらくの間立ち入り禁止だったんですよ」
「地下室が?」
「はい。今は倉庫として普通に使っているんですけれど、三年くらい前まで立ち入り禁止になっていました」
「どうしてでしょうか」
「判りません。そもそもそんな地下室があることすら、最初は言われるまで気づきませんでしたから」
「変わったものが置いてあったとか?」
「当時何があったのかは今となっては判りません。今は工具やら古い機械の部品やらがごっちゃに散らかってますが」
「封印された地下室か……その他に気になったことはありますか?」
「ないですねぇ」
これ以上過去のことをつついても有益な情報が出てくる気配はなさそうだった。梢は別の質問を繰り出す。
「八神さんの身の回りのお世話をしていた高石さんだからこそ、お訊きします。最近の八神さんの様子で、今までと違うな、と感じたり、おかしいなと不審に思ったりしたことはありますか?」
「最近体の調子が悪くなっていて、ひどく荒れてましたねぇ。自暴自棄と言うんですかねぇ。『どうせ長くないんだ』とか、『あと何年生きられるか判らねぇ』と弱音を吐いていらっしゃいました。せっかく健康のためにお止めになった煙草も、数か月前から吸い始めましたし、お医者様から飲酒は禁じられているのに、それを無視したり、とそんな具合です」
「お姉ちゃんも健康のために煙草止めた方がいいよ」
私がさりげなく忠告すると、梢は顔の前で小さく手を振った。
「最近八神さんがこの屋敷にいる誰かと揉めた、というようなことは?」
「ありません」
「八神さんが誰かを恨んだり、そのようなことをほのめかしたことは?」
「心の中でどんなふうに思っていたのかは判りませんが、私の前で誰かのことを悪く言うようなことはありませんでした」
「そうですか。ありがとうございます」
旗子の事情聴取が終わった。
これで昨晩この屋敷にいた使用人全員から話を聞き終えたことになる。
その後、四人の通いの使用人の事情聴取を行ったが、どれも既知の情報ばかりで、新しい情報は得られなかった。
また、通いでやって来る四人は全員が犯行時刻のアリバイを持っていた。やはり焦点を当てるべきは昨晩この屋敷にいた人間である。
梢は深く息を吐いてぽつりと呟いた。
「地下室ねぇ」
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