聖剣を受け継ぐ者

 ルビィの声を頼りに神殿内を急ぐ。

 白い柱の間を通り抜けて、小さな庭に出た。

 辺りの壁はつたに覆われ、一条の光が、小さく切り取られたような青空から地上へと降りている。


「ここから声がしたと思うんだけど……」


 エルシーは辺りを見回した。

 赤い髪の小さな妖精の姿は見えない。


「おーい!」


 バートランドは大声でルビィを呼んだ。声に驚いた精霊が柱の陰に顔を引っ込める。


「ルビィ、どこ?」

「ここです~」


 ルビィが地面の下からひょっこり顔を出した。

 駆け寄ってみると、苔むした階段が地下へと続いている。


「下へ降りましょう。聖剣はすぐそこです」


 ルビィの案内に従って、二人は階段を下りて行った。


「きゃ……!」


 エルシーが足を滑らせた所を、背後を歩くバートランドが支えた。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとう」


 近すぎる距離に狼狽うろたえて、エルシーはすぐに彼から離れた。


「滑っても、助けるから安心してくれ」

「気を付けるわ」


 彼の顔から眼をらして、エルシーは前を向いたまま答えた。




 地下には小さな部屋が一つあるだけだった。

 白い壁がほのかに光を放っているように見える。

 その光は、台座の上に横たわる剣から発しているようだ。


 エルシーはルビィに確認する。


「聖剣……?」

「そうです」


 エルシーは、近づいて剣を観察した。

 白い柄には繊細な細工が施され、銀色に輝く刀身が、薄暗い部屋の中に浮かび上がっている。

 台座の背後には、女神像が静かにたたずんでいた。


「まず女神様に祈りを捧げてください」


 エルシーは、台座の前に膝まづき、祈りを捧げた。

 剣が台座から浮き上がる。


『聖女よ、剣をお取りなさい』


 女神像から声が響く。かつて夢の中で聞いた優しく美しく、威厳に満ちた声。

 エルシーは剣に手を伸ばした。白い柄を握ると、銀色の刀身が瞬くように光を発す。

 バートランドは魅入られたようにその光景を眺めていた。


『聖女は聖剣の主に相応しい者を選びました。勇者バートランド』

「はい!」


 バートランドが弾かれたように声を上げた。


『その剣を持ち、貴方の道を切り開くのです。乱れた世界に秩序を取り戻す助けとなるでしょう』


 エルシーは剣を持ち、バートランドの元に歩み寄った。

 彼の力強い手が剣に触れると、一層強い輝きが放たれる。


「なるほど。勇者とは混乱した世界を導き秩序を取り戻す者。聖剣もまた、世界の理に反する存在を浄化する神聖なる剣。勇者の資質が聖剣により一層強められ、増幅されるのです」


 ルビィが語る。


 聖剣とは女神が人のために造ったもの。剣の扱いに長けた心正しい者、そして戦うことを宿命とする者だけが扱える武器である。

 世界の理に反した存在―――くべき所へけず彷徨さまよう不死者や、異界からの侵略者である魔族を討つには最上のものである。異能の力が強い敵ほど威力が高まり、魔王級の敵であれば、勇者の武器以上の攻撃力を発揮する。


 だが勇者の武器は持ち主の身体能力を何十倍、何百倍にも増幅させる。その上、勇者の仲間にも同様の加護を与える。人間と魔族には生まれつき大きな身体能力の差がある。人間がいくら鍛えても、到底魔族には及ばない。その差を埋め、魔王討伐の最終兵器となる最強の武器である。


 聖剣には、勇者の武器のような強力な身体強化の力はない。ぜいぜい数倍程度のものである。それも所有者本人だけの効果だ。また、闇の力を防ぐ結界を張ることはできるが、魔王相手には力不足である。


(聖剣を持つ勇者でも、『異世界荒らし』と互角に渡り合うことはできません。ですが、撃退することは可能でしょう)


 エルシーはバートランドを見た。

 聖剣を持つ彼の濃青の瞳には、強い意志が宿っていた。

 その剣で何を守り、何と戦うのだろう。


(私のために戦ってくれとは言えないけど)


 それは彼自身が決めることだ。

 バートランドには「異世界荒らし」と戦う義務はない。

 だけど、彼が味方になってくれれば最高の戦力を得ることができる。


(では、頑張りましょう。彼から見れば、私達は恩人です。無下むげにすることはできません)


 力を込めてルビィが囁く。


(頼むには、問題が大きすぎるわ)


 エルシーは躊躇ためらった。

 異世界荒らしの強さは何度も聞いている。危険な戦いになるのは目に見えているのだ。


(もちろん、戦いを回避できれば一番いいのですが。追い詰められた奴が直接的な手段に出ないとも限りません)


「エルシー!」

「はい、何かしら」


 バートランドは感謝に満ちた微笑をエルシーに向けた。


「何と言っていいかわからないほど、君に……」


 つんつんとルビィがバートランドの肩をつつく。


「……君とルビィに感謝してるよ。本当にありがとう」


 催促されて、慌ててルビィへの感謝を付け加えるバートランド。

 思わずエルシーは笑い出す。


「良かったわ。これで安心て戦えるわね」

「あぁ!この剣があれば、何が来ても負けない!エルシーのこともきっと守るよ」

「!」


 思いがけない発言に戸惑うエルシー。


「か、帰りましょう。ここは寒くていけないわ」

「はいはい。本当は暑いぐらいじゃないんですか」

「ルビィ!」


 階段を上る時、バートランドは上からエルシーに手を差し伸べた。


「危ないから、つかまるといいよ」

「あ……ありがとう」


 

 重い武器を軽々と振り回す大きな手。

 日に焼けた固い手は力強く、温かい。


 小さな子供の時、領地の男の子を手をつないだ時。

 公爵家に引き取られてから、ダンスの時などで、貴族の子息に手を取られた時。

 彼の手は、そうした男性達と違っていた。


 王太子殿下とも―――。




 我に返ったエルシーは、バートランドの手をゆっくりとつかんで、慎重に階段を上った。

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